jeyseni's diary

「ジェイセニ」と呼んでください。批判ではなく提案をするのが生き甲斐です。

さて困った。熱中できるアイテムが見つからない--個人持ちの人工衛星なら実現できるかも

筆者がパソコンといういい相棒に巡り合って45年。その間に,表計算,データベース,レイアウトソフトから,リモートアクセス,音声認識テレビ会議と,機能が充実してきた。Webブラウザーという面白いツールも,最初は文字の発信しかプログラムできなかったが,写真を表示したり,表を作ったりできるようになった。SNSでは動画発信・再生もできるまでに発達している。

 特に,データベースを使って大量の文章を処理したり,スクリプト言語を使って複数のソフトをつなぎ合わせて自動処理させたり,まさにコンピュータのいいところを利用してきた。あくまでも自分の相棒であり,自分の仕事や趣味を助けてくれる存在だった。

 ゲームは自分の領域外だし,生成AIには拒否感がある。ましてSNSで自ら情報発信することも基本的には苦手である。

 そうすると,Webブラウザの次に何か自分をサポートしてくれるようなソフトがそろそろ登場してほしいと思うのだが,これが見つからない。2025年は「AIエージェント」が登場し,人間と真に対話しながら処理を進めてくれるようになるというのだが,正直,これも怖くて手が出せないと思う。

 パソコンから世の中に手を広げると,さまざまな情報が手に入るのだが,もはや提供される情報で興味のあるものがなくなった。ポータルサイトには情報が分類されているが,どれも興味が沸かない。Webブラウザーが「タブブラウザー」となって,複数のサイトをザッピングして見ることができるようになったのだが,「新しいタブ」に加えるサイトがここのところ見つからないのである。

 もともとテレビ世代なので,自分の行ったことのない場所の映像を視るのは興味がある。欧米各国や,近隣諸国には実際に行って目にしたが,正直言ってそのほかの国にはそれほど興味が沸かない。逆に,Webカメラで自宅の周辺の監視をしたり,ドローンで視点を変えて視たいという欲求はあるのだが,市街地では飛ばせないし,そもそも操縦そのものが無理そうである。リアルタイムの天気の様子や川の流れなどを固定カメラで見るのも好きだが,自分の見たいところに行けないというもどかしさがある。いっそ,人工衛星ISS国際宇宙ステーション)からの映像が見られないかと探してみても,さすがにセキュリティー上の問題があるのか,公開はされていない。

 人との対話は苦手だし,資格講座などの講義ももはや聞く気がしない。マネーは手を出して火傷をした経験もあり二の足を踏んでいる。Youtubeはもちろん見ないし,最近のテレビドラマも訳が分からないので見ない(昔からのサスペンスドラマだけである)。あとは正月に多い駅伝は視聴する。

 スポーツも,スキーとテニスはとことんまでやったし,クルマ,バイクも普通以上に楽しんだ。空や海は怖いので手を出さないし,ブルジョアのゴルフは練習場だけのものになった。ボーリングもさんざん通ったが一時すたれたのに合わせて行かなくなった。この辺りは,もはや戻ってはこない。新たに体を動かすことには興味が沸かないし,体力がもたない。カミさんは山登りなどを始めたが,筆者は一向に関心がない。昨年から自治会活動には積極的に参加しているが,中心を張るほどの意欲はなく,お手伝いの領域を出ない。息子が筋トレを始めたが,まったく関心がない。

 毎日ブログが日課にはなっているが,ここのところの中居問題,フジテレビ問題,トランプ問題には,下手なコメントで突っ込まれたくないし,余計なコメントが辺りを飛び交っているので,あえてコメントは避けている。コメントにも値しないようにも思うからである。

 古い人間なので,文字による発信しか基本的にはできない。写真やイラストがせいぜいであり,動画などとんでもない。まして,顔出しなど信じられない。アバターという手もあるが,そこまでして主張するつもりもない。

 音楽も,かつては楽器を演奏していたが,大学時代にまったく関心がなくなった。絶対音階がないこと,音を外すことに恐怖を覚えたことなどである。聴いたり歌ったりすることは嫌いではないが,昨今の音楽は日本語のはずだがほとんど聞き取れないし,意味が理解できない。家族がノリで買ったオタマトーンも,3回触って飽きてしまった。演奏も作曲もできないし,聴くことも辛くなっている。

 15年間連れ添ったペットのイヌも,昨年1匹死に,もう1匹もボケが始まって足どりが怪しくなって,先は長くなさそうである。カミさんは,もし2匹目がいなくなったら,大型犬を迎えたいと言っているが,筆者は冗談じゃないと思っている。とても面倒を見る気がしない。

 子供たち3人が,それぞれパートナーがほぼ確定しつつあり,あと数年後にはおじいちゃん,おばあちゃんになる可能性が高まっている。しかし筆者は孫の世話をする気はない。怖くてできない。取り扱いを誤ってケガでもさせたりしないか,などと考えると,ペットよりも厄介である。こちらが逃げ回るかもしれない。

 接写ができるコンパクトデジタルカメラを数年前に買い,老後は道端の小さな花でも撮って投稿して遊ぼうかなどと思った時期もあったが,活動範囲が狭く,ネタ切れになるのは確実で,遠出をするつもりもないので,すでにお蔵入り状態にある。iPhoneの写真のきれいさには感服しているが,iPhoneを持つつもりもなく,写真というかつての趣味もなさそうである。

 何か,燃えるような老後を過ごしたい。最後まで生き生きと過ごしたい。しかし,その楽しみはAIが横取りしてしまうような気がする。

 今のところ,上記の中で実現していないのが,「どこでも映像」である。超高性能なカメラを積んだ個人持ちの人工衛星を打ち上げてもらって,空の上から好きな時に自由に見たい場所が見えるような仕組みがあれば,もう少し充実した余生を送れるかもしれない。

 ちょっと気が滅入ってのブログである。