jeyseni's diary

「ジェイセニ」と呼んでください。批判ではなく提案をするのが生き甲斐です。

人を狙うのに手製爆弾やナタはないと考えると,これらはフェイクの可能性も(単なる邪推)

筆者のブログは,いちおうgoogle検索などにも引っかかるし,Xにもリンクを張っているので,炎上しないという保証はない。これまでもフェイクな情報は絶対に出さないように心がけてきた。今回のブログは,まったくの当てずっぽうであり,場合によっては名誉棄損でもあるが,何とも気持ちの収まりどころがなかったので,あえて出すことにする。

 固有名詞を出すのも嫌なのでN党のT氏と書かせていただく。2025/3/14に都内で演説中に襲われ,ケガをしたという事件で,犯人が同氏をナタで切り付けたというのを聞いて,あれっと思ったことである。さらに犯行直前に閃光弾を投げつけて目くらましをしようしたということも明らかになった。

 この事件より3日前に,やはり都内で女性が路上で刺されて殺害されるという事件が起きた。こちらは金銭の恨みなどもあり,殺意が激しかったとみえて,ナイフによるメッタ刺しだった。

 現実の犯行とドラマを一緒に語るのは邪道だが,サスペンスドラマでは路上での犯行が相手に近づく前に奇声を上げて気づかせるような行動を取るように演出されることが多い。視聴者には,犯行のタイミングを伝え,気分を切り替える効果があるのだが,結局は犯行の直前に阻止されて逮捕され,相手はこの事件をきっかけに疑惑を取りざたされて退陣して解決,といったストーリーで描かれる。犯行が未遂で終わり,刑が減免される一方で,相手は失脚する,というシナリオであり,スキッと解決になる。

 無差別殺人事件でも,海外では銃の乱射で被害者が多く出るケースが多いが,銃が規制されている日本では,ナイフが主に使われ,通りすがりに次々と切りつける流れが多い。過去には長い日本刀が使われることもあったが,さすがに入手できる人は少ない。

 ここまでの流れで考えると,閃光弾で相手に気づかせ,さらに殺傷能力の低いナタを凶器に使った今回の犯行が,ドラマ仕立てで,さらに幼稚な印象がある。頭を狙った傷が深さ1cmと報じられたが,衝撃は少なく,傷によっても,打撲によっても致命傷には至らないように思える。

 筆者がT氏の行動を嫌悪していることもあるが,なぜT氏やN党を支持する人たちがいるのか,不思議なのである。そう考えると,これが闇バイトのような金銭でつながった関係なのではないかとも邪推してしまう。つまり,自分も命を狙われるような被害者であることを装うために,見た目は派手だがケガの程度は少ない方法を取らせて事件を演出した,というシナリオも考えられてしまうのである。

 ここ数年,テレビドラマでも闇バイトを題材にしたストーリーが描かれることが増えた。SNSを通じて匿名の相手から犯行指示が送られ,報酬が電子マネーで振り込まれる。そんなバーチャルネットワークの上での情報交換とリアル社会での犯行がつながる厄介な時代になったことが描かれる。かつてのような,謎解きの面白さがなく,またドラマでは1回ないし2回で解決しなければならないため,意外なミスを犯させたり,あるいは実際は難しい発信者の特定などによって事件を解決させている。しかし,現実の闇バイト犯罪では,大本までなかなかたどり着かない。たどり着いても,また別の形で犯罪が繰り返される。嫌な時代である。

 アメリカのトランプ大統領が,大統領選の最中に銃撃されたのが2024年7月13日。こちらはライフル銃で,犯人は素人だが射撃クラブで射撃の経験はあった。8発の銃弾が発射され,聴衆の1人が死亡した。トランプ氏自身は右耳に銃弾を受けたが,軽傷で済んだ。これは運が良かったと言っていいだろう。フェイクで事件を仕掛けたとしても,死亡する危険のある方法は指示しないと考えられるからである。結果としてトランプ氏は大統領選で勝利し,現在に至っている。このとき暗殺が実現していたら,社会はまた違う方向に動いていたかもしれない。

 日本人は,政治家になっても「政治屋」にしかなれないのかもしれない。戦前までは,天皇という権威に仕えて国を動かすという使命を帯びて政治家となっていた人物がほとんどだったのではないだろうか。日本を豊かにし,日本を強くし,そのために国民一体となって世界に向けて国を動かすといったモチベーションがあったように思える。

 戦後,天皇が人格化し,平和のみの象徴となってしまったために,「政治屋」は個人あるいは組織の営利目的のために仕事をするようになったように見える。さまざまな汚職事件や,地元への利益還元,そして組織ぐるみの脱税から庶民感覚の欠如した商品券の配布まで,すべてカネが目的であり手段になって政治が動いている。少数与党となった現在,過半数のカードを握った野党3党は,自分たちの政策を切り札に賛成に回るというディール(取引)で政治を進めようとしている。お互いの政策の内容を野党間で議論することはない。自党の利益だけが最終的な目標のように見える。

 T氏やSNSで支持を煽ったり,さらに手土産を要求するような「政治屋」が次々と現れることに情けなさを感じる。何でも「多様性」を容認していては,組織としての秩序がなくなってしまう。日本人は,この「多様性」の意味を単なる「自由な権利」と勘違いしているのではないのか。

 今回の傷害事件が,フェイクでないことを願いたいが,疑わしい行動を取ってきていることで疑われていることを政治屋の皆さんは認識して自重してもらいたいものだと思うのである。