jeyseni's diary

「ジェイセニ」と呼んでください。批判ではなく提案をするのが生き甲斐です。

転売ヤーに見る落ちぶれた日本人--モノは「自分」のために必要なだけ買ってこそ,価値がある

転売ヤー」という嫌な響きの言葉が日常的になっている。“転売屋”かと思ったら“転売+バイヤー”の意味らしい。転売を目的としてモノを購入し,これを高値で売って利益を得る。チケットの場合は,「ダフ屋」である。これも,チケットを「札(ふだ)」と見立てて反対文字にしているようである。

 ダフ屋行為は,多くの都道府県では迷惑防止条例で規制されている犯罪行為なのだが,転売行為はまだ規制はないようである。ダフ屋行為が,コンサートやスポーツの施設周辺で個人的に売りつけることが多く,比較的発覚しやすいのに対し,転売行為が主にフリマ(フリーマーケット)アプリ上でバーチャルに展開されることがほとんどで,出品者を特定できないことが多いからのようである。

 美術展の記念グッズから,2025/4/13開幕の関西万博の記念グッズまで,何でも転売対象になっている。個人的に購入して転売する場合から,組織的に転売の仕組みを作り上げ,実際に購入するのはバイトで雇うというケースも多い。高額なゲームソフトなどでも同じ仕組みが使われる。かつては運営しているのが日本人以外ということも珍しくなかったのだが,どうも今日では日本人が運営している仕組みが定着してしまったようである。

 モノに対する感覚がマヒしてしまっているのだと思う。転売することで差分を利益とする,という方法は,筆者の感覚からすると「モノに対して失礼」といった感じなのである。買うからには,自分の気に入ったものであり,買ったからには,最後まで使う,というのが,筆者の感覚なので,ダフ屋はもちろん転売ヤーも一切評価しない。

 リアルなフリーマーケットで不用品を販売するということもしたいとは思わないし,フリマで何かを買うということも基本的にはない。フランスでは伝統的に「蚤の市」が存在して,不用品をリサイクルする活動があるし,アメリカでは自宅のガレージで不用品を持って行ってもらう「ガレージセール」が普通に行われている。しかし,美術品や骨とう品はともかく,一般的な製品はタダで持って行ってもらって助け合いをする,といった文化である。片っ端から値札を付けて販売する日本のフリーマーケットとは,考え方が違う。

 近年,転売の対象となっているのが,いわゆるレアものの日常品で,スニーカーやジャンパー,ジーンズなどの衣料品や,ブランドものの腕時計などがある。

 正直,サラリーマンで毎日時間を売って仕事をしている者にとって,転売など面倒だし,手間がかかる。しかし,フリマサイトという妙なプラットフォームができたために,買い占めと転売が日常的に行われるようになったと言える。

 記憶に新しいのが,新型コロナ禍での不織布マスクの買い占めがある。このときの転売の舞台となったのはAmazonだった。本体価格ではなく,送料で数千円という法外な値付けをして転売が行われた。困っている人の足元を見た卑劣な転売だった。

 現在,コメの価格が高止まりしているのも,おそらくこの買い占め・転売が原因と考えられる。実際,備蓄米の9割をJAが落札したにも関わらず,卸売業者にはその3%しか流通していないという。ここで流通量が増えれば価格は下がる。したがって出し惜しみして高値を維持する。日本人も落ちぶれたものである。

 詐欺も犯罪なら,転売目的の売買も弱者に不利益となる経済原理に従わない違法な商取引である。SNSが誹謗中傷や闇バイトの温床となっているのと同レベルで,フリマサイト・フリマアプリが犯罪的行為の温床になっている。新型コロナ禍の不織布マスクの転売時にもAmazonを追及したが,チケット販売サイトやフリマサイトも,プラットフォーム側は犯罪的行為をただ野放しにしていいと考えているのだろうか。

 プラットフォームが規制を掛ければ,おそらく規制しない別のプラットフォームが立ち上がる。それも,かつては反社団体しか手を出さなかった仕組みを一般人,ひいては中高生までが主宰するようになってきている。世も末だなと思うこのごろである。