jeyseni's diary

「ジェイセニ」と呼んでください。批判ではなく提案をするのが生き甲斐です。

「救出」か「救助」か,「死亡と確認」か「死亡が確認」か--ニュースのちょっとした表現が気になる

2025年,梅雨明け報道とともに,水の事故の報道も毎日のように聞かれるようになった。近年,水遊びやボート遊び,そして釣り船を含む船舶に乗船する際はライフジャケットの着用が義務づけないし推奨されるようになっている。一方,プールの老朽化や水泳指導・監視要員の不足により,学校での水泳の授業が減ったり無くなったりしている。2014年4月16日に韓国で起きたセウォル号沈没事故では,修学旅行中の高校生が乗船していたが,韓国の学校では水泳の授業がないということを知り,びっくりしたものだった。海岸の離岸流,川の深みにある渦,そして天候急変による増水など,水の危険の種類も変わってきている。楽しいからといって水を甘く見てはいけないと,改めて感じている。

 水の事故に限らず,事故報道での言葉の使い方がいつも気になっている。「救出」か「救助」か,「死亡と確認」か「死亡が確認」か,という表現である。

 「救助」という言葉には,助けられた,つまり命が助かった,という響きを感じる。しかし,実際には亡くなっていることがほとんどである。この場合は,せめて「救出」ないし「搬出」を使ってほしい。現場から動かすことができた,という響きであり,生死についての判別が付けられない言葉だからである。

 同様に,「病院で死亡が確認された」という表現は,どこで亡くなったのかが曖昧なのが気になる。死亡を確認するのは,医者の仕事である。したがって,現場に医者がいなければ,仮に心肺停止状態で体温低下など明らかな死亡状況があったとしても死亡とは認定できず,搬送先の病院などの医療機関で死亡確認が行われ,初めて死亡認定となる。ならばこれも「死亡が確認された」ではなく「病院で死亡と認定された」という表現にしてほしい。もちろん,現地に医者ないしそれに準ずる資格の人がいれば,現地で「死亡と確認」という表現で構わない。

 メディアは,ある意味で正確な表現を使う必要がある。しかし,“死亡確認書”という書類はなく,正しくは「死亡診断書」なので,本来なら「死亡と診断された」と書くべきではないかとも思う。逆に,死亡理由として「多臓器不全」と書かれるケースが多いが,いかにもおどろおどろしく聞こえる。多臓器不全の定義は,「生命維持に不可欠な脳・心臓・肺・肝臓・腎臓などの臓器のうち、2臓器が正常に機能しなくなった状態」であり,たとえば心不全と腎不全の合併などがある。結局,「多臓器」と言われても内容が分からないし,なんだか臓器が全部だめになってしまったような印象を受けてしまう。どの複数の臓器の不全で死に至ったかを書いても,プライバシー侵害にはならないような気がする。

 メディアの言葉使いには,視聴者が理解しやすいようにある程度アレンジしてもいいと考える。特にそれが,対象者本人にも優しい表現となる可能性も高いからである。