jeyseni's diary

「ジェイセニ」と呼んでください。批判ではなく提案をするのが生き甲斐です。

タトゥーについての個人的意見--何らかの「縛り付け」をなぜ求めるのか

歌手のタトゥーについての記事が盛んに報じられている。批判をするわけではないことを断って、私見をまとめてみる。自分の身体か誰のものか、と考えた時に、その意味が異なるのだと思う。

 自分の身体は自分のものだと言う立場であれば、何をしても誰も文句は言わない(はずである)。しかし,単なる自己満足のためにタトゥーを入れることはなく,それを誰かに見せて自慢したり評価してもらいたいという要求があるはずなので,「相手がいない」状態はありえないと思われる。

 自分の身体が自分のものであれば,何をしてもいい,というものではないからである。社会生活をしている以上,ずっと1人で過ごすというのなら,裸で過ごそうがタトゥーを入れようが,誰もそれを見ることはない。しかしタトゥーを入れたいと思った段階からこの世を去るまで,ずっと1人でいることはまず不可能だと思われる。

 誰かに見せることで自分あるいはその外見を評価をしてほしい,という欲求は,誰にでもある。ファッションとはそういうものである。

 現代人の一般的な外見の基本は,局部を覆う下着,上下の上着,そして履物だと考える。それぞれについても,色や形,デザイン,素材などの選択肢があり,これだけでも十分に自己主張をするためのファッションを成立させることができると思う。こだわらなければ最も一般的な「白」で「綿」ということになるだろう。古代人的なファッションとも言えるが,社会通念上,文句は言えない。ここにさまざまな色や生地素材,模様などが加わる。

 それ以上のファッションは,自己主張である。帽子やベルト,バッグ,靴下,ネクタイなどのアイテムから,指輪,ネックレス,イヤリングなどが加わる。さらに化粧,ヘアスタイルなども自己主張になる。

 ここまでは,身体に重ねるファッションアイテムである。これでも十分すぎる選択肢があると筆者は考える。

 しかし,身体に直接取り付けて一体化させるファッションアイテムとして,ピアスとタトゥーがあるのだと認識している。いずれも歴史は古い。

 ピアスは,エジプトやインダス文明の時代から存在したという。当時はファッションではなく,邪悪なものから身を守る「魔除け」としてピアスを付けたという。タトゥーも同様に,魔除けの意味がある。身体から離れれば魔除けの意味をなさないから,身体に付ける,という考え方なのだろう。

 現在人は100%ファッションとしてピアスを付ける。宝石や金銀など華やかな印象を演出でき,近年では女性だけでなく男性もピアスをする若者が増えた。

 筆者個人としては,身体を傷つけてまでオシャレをするつもりはないのだが,相手に対するアピールをする欲求がある人が増えていることが,ピアス人口が増えている理由だと思い,本人の判断に任せてもいいと考える。ただし,ボディピアスなど,耳以外の場所にピアスを付けることは,度が過ぎていると思うし,耳のピアスも基本はワンポイントで勝負するのが望ましいと個人的には考える。

 これに対して,タトゥーにはファッションとしての「華やかな印象がない」と筆者は個人的には考える。何しろ,使う色が黒,紺が中心で,これに赤,緑などが加わるものの,明るい色がないというのが暗い印象を与えると思うのである。

 魔除けなら逆におどろおどろしい模様を入れることそのものに意味があるが,オシャレや美しく魅せる,という目的でのタトゥーには,賛同しかねる。

 ピアスであけた孔はピアスを入れずに放置しておくと,いずれまた塞がってしまうという。しかしタトゥーは基本的に消すことはできない。レーザーで焼いたり,皮膚を移植したりしたとしても,跡は残ると言われている。

 しかも,着色に使う染料や顔料の中に金属が含まれる場合,金属アレルギーを引き起こしたり,さらにMRIなどの医療検査を受けられない可能性もある。

 タトゥーは,相手に対して威圧感を与えることは間違いない。それがたとえ小さな模様であっても,かわいいキャラクターであったとしても,相手の感じ方は同じである。肯定的に取る人は肯定するし,筆者のように否定的に思う人は絶対に納得することはない。

 ファッションは,誰にでも基本的に受け入れられることが目的だと思うのである。それなのに,半数あるいはそれ以上の人から反感をくらう可能性のあるタトゥーを入れる神経が納得できない。

 タトゥーは筆者から言わせれば「麻薬」と同じで,いったん始めたら後戻りが効かなくなる厄介な代物だと思う。芸能人だからといって,安易な考えには走らない方がいいと,忠告したい。