新聞が,他のメディアにない特徴が,「社説」というコラムがあることである。このコラムは,会社の編集部門を代表する編集委員が,社の思想を背景に新聞社としての主張をする。やれ右寄りだ,左寄りだ,と言われる部分である。
新聞の他の部分は,基本的には単なる事実情報である。したがって,同じテーマであれば内容に大差はない。紙面のどの位置に記事を置くか,タイトルをどうするか,タイトルの文字の大きさをどうするか,といったところでそれぞれのカラーは出るものの,事実の内容は変わらない。
ほかには1面の下に1段の連載コラムがある。入学試験問題としてもよく使われるのだが,ここは新聞社のベテランのコラムニストが時事テーマを盛り込んで起承転結でまとめるコラムである。新聞社の主張が入るところではない。
インターネットの初期は,情報なんでもありの「ポータルサイト」合戦だったが,メインの情報はやはりニュース記事だった。その見せ方に特徴を持たせようとし,また広告主のリンクをいかにクリックさせるか,というところで,広告を記事風にしたり,マウスオーバーで画面上に拡大したりと,さまざまな工夫がされた。しかし,現在に至るまで,新聞の「社説」に相当するような気骨のある主張をするコラムは出て来ていない。むしろ,有象無象の評論家のコラムを乱立させるだけの寄り合い所帯になってしまた。
テレビにも「社説」欄はないに等しい。唯一,NHKが「視点・論点」という番組を持っているが,夜遅い時間帯だったり,NHK編集委員以外の知識人がコメントしたりしており,メディアの思想を伝えているとはいいがたい。もちろん,民放には会社の主張など望むべくもない。独自取材もせず,インターネット上の動画をカネでかき集めてゲストが感想を述べるだけといった寄せ集めメディアになっている。
かつては,政治に意見するほどの力があった新聞が,いまはただの情報寄せ集めメディアに成り下がってしまったのはどうしてだろう。足で情報を探し,他紙をすっぱ抜いて存在を主張するといった活気が全く感じられない。広告出稿の激減に伴い,発行部数も激減し,「新聞もテレビも見ない」という世代にまったくアピールできていない。
情報のスピードでは,新聞はテレビにかなわないし,一次情報として一般人が写真や動画をアップできる時代なので,独自性を持ちにくい。唯一,武器となるのは「レイアウト」である。号外やスポーツ紙のような大きな文字や写真で大胆に紙面をアピールする工夫と,それに続く「社説」での的確な主張だと思う。マスメディアとしては,この工夫をもっと頑張ってほしい。でなければ,存在意義がなくなってしまう。
紙メディアは,クリックやスクロールをしなくても,一瞬で多くの情報を目に飛び込ませることができるのが,他のメディアにない強みである。特に新聞は,見開きで812mm×545mm。A1サイズで,通常のA4の8枚分のサイズがある。この大きさのディスプレイだと,対角40インチぐらいになる。最近では珍しくはないが,新聞はこれを瞬時に半分,四つ折り,八つ折りなどをして手元に引き寄せて詳細を見たりできる。しかも最盛期の48ページでも,重さ200g程度しかない。恐るべき重量パフォーマンスなのである。電源も要らない。
印刷に伴うコスト,配達・配布に伴う人件費,回収費など,何かとコスト増だが,軽量化や植物性インクの使用,リサイクル技術など,エコの最先端にも位置する。
やはり,マスメディアとしての主張,情報の信頼性,継続性など,もっと尖った主張をすべきなのではないだろうか。そのためには,かつて「夜討ち朝駆け」と言われたような粘り強い取材姿勢が取れる気骨のある記者も必要だろう。サラリーマン社長では維持できない。