jeyseni's diary

「ジェイセニ」と呼んでください。批判ではなく提案をするのが生き甲斐です。

不起訴理由の公表を最高裁が公表検討方針--「証拠不十分」と公表するだけで十分と筆者は判断

容疑者不起訴の理由、公表検討を 最高検が方針周知、関心高い事件:東京新聞デジタル (2025/11/28)。かねてからの疑問の1つがようやく解決するかもしれない。

 その疑問というのは,ニュースの変なコメント--「それを伝えてどういう意味があるのか」と思うコメントについて追加 - jeyseni's diary (2023/11/13)に記載しているとともに,「病院で死亡が確認されました」「不起訴の理由を明らかにしていません」--いつも気になる表現を指摘する - jeyseni's diary (2022/6/28)の中でコメントした。ずっとモヤモヤが続いていたのである。

 理由の1つはマスコミ側の対応だが,不起訴理由を明らかにしないのは裁判所側の対応だったとは驚きである。今回,2025/11/22に金沢高等裁判所が「警察の逮捕した容疑者を不起訴処分とした場合、その理由を報道機関に原則公表すると方針転換した」と北國新聞が報道したことを受けて,最高裁判所が判断を示したものである。同日の同紙のニュースには,不起訴の理由説明、警察歓迎 金沢地検の方針転換 |社会|石川のニュース|北國新聞などが追加で報じられている。一方で,「容疑者の名誉」を理由に批判するメディアもあることが報じられている。

 筆者としては単に「不起訴の理由は,証拠不十分」とするだけで納得できると思うのである。別に詳細に理由を述べよとは言っていないのである。これ以上の個人のプライバシーに関することを裁判所が明らかにする必要はないし,プライバシーについて報道するのはメディアの傲慢である。

 事件が起こると,メディアは加害者の家族や親戚に執拗な取材を掛けるほか,被害者やその家族,親戚,果ては学生時代の友人にまで執拗に取材を掛ける傾向がある。「真面目な人でした」とか「明るく挨拶してくれていました」などを聞き取って,犯罪に至るまでの紆余曲折を浮き彫りにしようとしたり,逆に「人とあまり話をしなかった」「暗かった」など,過去の姿と単純に結びつけて非難しようとする姿勢がアリアリである。政治家への取材でも,ぶら下がり取材と言われる立ったままマイクを突きつける取材は見苦しく思うのである。これらが,マスコミの政治部,社会部記者のスクープ合戦の本質である。

 ただし,マスコミの場合は各メディアの性格がある程度知られているから,◯◯紙はこういう論調,◯◯紙はああいう論調,と予測がつけられ,そのバイアスを差し引けばいいのだが,タブロイド紙や週刊誌,写真週刊誌などになると,そのバイアスを外しても行き過ぎの報道が目立つし,SNSに至っては何の教育も査読もなしに情報が発信・拡散されるのが厄介だと思うのである。

 いったん拡散した情報は,取り除くことができず,情報の一部のみを切り取って曲解させたり,さらにはフェイク情報として拡散される時代になってしまった。「不起訴理由は証拠不十分」と紋切り型の報道で納得できる筆者ぐらいの常識レベルを国民が持ってほしいと思う,と書いてしまうと,また日本人差別だ,教育差別だ,などとヒステリックに叫ぶ人たちが出てくるのだろうが,あくまでもこれは個人としての感想である。