jeyseni's diary

「ジェイセニ」と呼んでください。批判ではなく提案をするのが生き甲斐です。

政治家のSNS使用を禁止(すべき)--何のために国会があるのかを考え直すべき段階(個人的な意見です)

2025年12月11日,オーストラリアで「16歳未満SNS禁止法」が施行された。SNSの若者利用に対して,社会問題化する被害から未成年を守るというのが目的である。すでに施行の前後から賛否両論が出ている。

 世の中に潜む人間が介在したさまざまな危険から,無垢な子供たちを守る,というのが大義名分だが,それよりも「社会道徳」や「ネットワーク・リテラシー」を理解していない子供をネットに晒すことで,個人情報の流出ばかりでなく,興味を理性で抑えられないことによる行動に歯止めが掛からないことに,人類の危機を覚える。

 それよりも,国を守り,国民を守る政治家のリテラシーの低さが目に余る。国会の討論の場での揚げ足取りや幼稚な質問も,聞いていて恥ずかしくなるばかりだし,同じ調子でSNSに個人的な意見を投稿するだけでなく,相手のコメントに対する批判の応酬が延々と続く。まことに見苦しい。

 もちろん政治家は個人が単位になっているので,自分の意見を発信するのは問題はない。これまでも自分のWebページで意見を述べたり,駅前でチラシを配布したりするのが正当な政治活動である。しかし,SNSでの相手批判は,政治家として「議論を交わす」行動とはほど遠い行動のように見える。

 筆者は,「政治家こそSNS使用を禁止すべき」と主張したい。真摯な議論は国会の場で対面ですべきことだと思う。コソコソとイジイジとSNSで相手批判するのではなく,堂々と国会の場で議論すべきではないだろうか。

 そういう意味で,SNSで世論を動かそうとした複数の政党(とも言えないような人たち)は政治家とは言えないと考えるし,選挙制度に対する冒涜でもあると思える。ただちに公職選挙法で処分し,身分を剥奪し,団体の解散をしてもらいたい。

 同時に,SNSで操作された若者たちにも反省してもらいたいと考える。おそらくこのままだと,生成AIまで動員した醜いやり取りが繰り広げられることが予想される。これに惑わされない理性を持つべきだと思うのである。

 SNSで情報発信を有効に使ったのは,おそらくアメリカのトランプ大統領が最初ではないだろうか。彼自身の主張が明確であり,その情報発信そのものがアメリカの政治,ひいては世界の政治を動かしている。そこに揺るぎがないし,議論の余地がない。アメリカ大統領という明確な立場における主張の場となっていて,反論しても何も動かない。

 しかし,日本の政治家の主張で世の中が動くものはない。日本の政治は,国会での議論を経て,多数決で決めるという「変な民主主義」の下で動いている。その議論の場を無視した“場外乱闘“をSNSでしているのは,日本の民主主義に違反している。トランプ大統領の“猿マネ“にしか見えない。

 以前,評論家がヤイヤイ批判するのなら,自分が政治の場に立って主張すればいい,とコメントした。要するに,メディアでのコメントは政治ではない。したがって,政治家はメディアを使ってはならないと考えるのである。

 アメリカにおいても,党首選挙の公開討論の場で単なる相手批判が繰り返されると,有権者は白けてしまう。国民は,「政策の提案」を評価したいのである。

 せっかくの「コミュニティー」作りのためのSNSが,政治利用,詐欺利用,性犯罪利用になっているのは,非常に残念に思う。残念ながら,システムの開発者は,人類のリテラシーを甘く見すぎていたと思う。SNSが人々の理性というブレーキを外して,あらゆるモノをネットの上にぶち撒いた状態になっている。人智を越えた巧妙な犯罪が横行するのをAIが救えると思っているが,すでにAIすら悪に加担した形になっている。性善説はもはや成り立たないのだろう,というコメントをしたいと思う。