jeyseni's diary

「ジェイセニ」と呼んでください。批判ではなく提案をするのが生き甲斐です。

女性の魅力は出すべきなのか隠すべきなのか

「LGBTQ+」という言葉が最近は使われるそうだ。QはQuestionあるいはQuire。自分の性について違和感を持っていること,あるいは違和感を持っていることを開き直るということらしい。LGBTであることをカミングアウトしたものの,ラベルを貼られることに違和感を覚えるようになったことで,概念を拡大したのかもしれない。

 筆者は男性であるため,女性の魅力についてはよく知っているつもりである。したがって,女性の魅力に対してほかの女性が魅力を感じることは十分に理解できる。女性を女性が好きになっても,特に違和感はない。だからといって,自分を男性であると思う必要もない。

 自分が男性であると思う女性は,男性的であることに重きを置いているのかもしれない。女性であることよりも男性であることに意識がシフトした。何となく男性優位という意識なのかと思ったりする。

 男性に対して男性が女性として惹かれる気持ちは,よくわからない。実際,男性が相手にする行為といえば,自分勝手なセックスだけである。これを女性として受け入れるという気持ちが,今一つよく理解できない。

 男性が女性の格好をすることが一つの商売になることは現実である。これを好む男性もそれなりにいるようで,商売として成り立つが,セックスでもなく,結婚でもない。

 マスク常用が当たり前になり,女性の魅力の一つである笑顔の口元が見られなくなっているが,目元で魅力を表現する方法を女性は持っている。髪型,服装,歩き方,そしてシルエットもすべて女性としての魅力を醸し出している。相手が男性であろうと女性であろうと,相手を惹きつけるためには女性としての魅力を振りまくことは問題ないが,仕事の上では魅力を抑えることも必要である。このバランスが重要だと思う。

 どんな格好をしても,男性は女性を女性としてしか見ない。仕事をするには,女性であることの最低ラインで勝負することが大事だと思う。一歩踏み外すと,男性はつけ上がる。男性のあらゆる行為は,女性にとってのセクシャル・ハラスメントとなる。

 スキを見せず,感情的にならないための理論武装が必要だ。その凛とした決然とした姿が,男性の横暴を抑えるカギとなる。どこが線引きになるのかは,人それぞれだが,無防備に無制限に無邪気に女性としての魅力を発揮することは危険ではないか。

 女性同士が相手の魅力を感じて付き合うことは,むしろ自然な感じを覚える。別に男性として女性を好きにならなくても,女性として女性を好きになっても,いいのではないか。それでバリバリと仕事をし,相手を経済的に支えられれば,新しい家庭として認められるのではないか。

 女性だけの社会,女性だけの国という構想は,実現不可能ではない。現実の社会が,男性優位の構造の下で男女それぞれに必要な業務が行われている。この階層構造の下で,女性が有利に生活できるとは思えない。しかし,女性中心の構造の中に男性が収まることはほぼありえない。女性だけの構造を作るのが望ましい。

 先週の「チコちゃんに叱られる」で男性がなぜワルに憧れるか,というQがあった。男は目立ちたいために動物の本能が出るから,というのがAだが,これを子孫繁栄のためにワルな男性に女性が魅力を感じる,と断ずるのは,いささか軽率ではないだろうか。これでは,人間という理性の生き物の理性のない部分を肯定するだけではないか。

 正直,「チコちゃん」の設問には,最近疑問を感じる。「なぜ旦那というか」「なぜ奥さん,女房などのいろいろな呼び方があるか」などの設問は,「そう呼ぶことを肯定している」立場からの設問であり,そう呼ぶことによって生じている不平等には一切言及していない。筆者が「主人と呼ぶことをやめよう」と言っていることと真っ向から対立する。どうも,そういう心構えのプロデューサーがこの番組を作っているのではないかと思ったりする。チコちゃんという5才設定の女の子が発する設問としても,不適切であると感じる。レギュラー番組化してから,設問の質がいい加減になっているのを感じる。問題発言を起こした岡村氏を継続して起用している点も疑問である。もっとも,NHK全体がすでにタレントに魂を売り渡したような番組構成であり,NHKエンターテインメントという外部業者に丸投げの番組作りをしており,朝ドラとニュース,天気予報以外は,見る価値がほとんどない局に成り下がっているのを感じる。

 どうせ他局との差がもうないのだから,受信料をやめ,視聴率に頼らない純粋な報道局を目指してはどうか。華美なセットや人材登用をやめ,低コストで必要な情報を届け,得意のアーカイブを提供するメディアになってはどうか。視聴者に媚びるなNHKと言いたい。同じように,女性も華美に媚びないでほしいと思い,女性だけの国の構築を改めて提案して,平和な理想的な社会を構築してもらいたいものだと思っている。