jeyseni's diary

「ジェイセニ」と呼んでください。批判ではなく提案をするのが生き甲斐です。

「投資とは人の時間を使うこと」--その“人”が信じられるかどうかが微妙だと感じる古い世代

 低金利時代が20年以上続き,貯蓄は目減りするような時代に,お金を増やすには「投資」しかないとヤンヤの大合唱中である。中でも,今年2024年から始まる新NISAは,年間投資上限額の引き上げ,非課税保有期間が無期限などの特徴で,銀行,証券会社,投資ファンドなどなど,あらゆる金融期間が資金を獲得しようと躍起になって宣伝している。

 筆者は,自分の財産は自分で働いて稼ぐ,一部は銀行に預けて,何がしかの利息をもらう,という主義でずっと来たので,投資は苦手中の苦手である。親からの付き合いでファンドを購入した証券会社への投資はことごとくマイナスになったという苦い経験もある。業界大手と言えども,投資で儲けるのは容易ではなく,結局は売買時の手数料収入を確実に獲得するために,顧客に売買を勧める,という商売なのだと後から知ったときには,もはや遅すぎた。やはり,自分が経済動向,政治動向を見極めて,値上がりする商品を見極める目が必要なのだと感じた。

 投資用マンション,アパート経営などといった不動産系も,現在,購入するのは中国など資金の余裕があるアジア資本であり,適当に利潤が出たところで売却する。その後はどんどん老朽化し,値下がりする一方なのは目に見えている。ポンとお金を出せる人だけが売り抜ける世界である。

 投資の対象として,株や為替などがあるが,日々,時々刻々,動向が変動する。短期に見ていては,自分の本業に差し障りが出てくる。1日1回だけ見て投資するやり方は,上がるか下がるかを選ぶ一種のバクチである。毎日一喜一憂するような人生を送りたくないと思っている筆者には,手が出せない。

 一方でNISAは「長い目で見て投資」することをやたらに宣伝する。1度下がっても,いずれまた上がる有望商品だから,じっとガマンして持ってください,というわけだが,結局は,その資金を預けた金融会社がうまく運用できるかどうかにかかってくる。

 JRのトレインチャンネルで,「時給で働いている人は財産を作れない」「財産を作るには人の時間を使う必要がある」「投資とは人の時間を使うこと」といった趣旨のインタビューが放映されていた。なるほど,「投資」を単なるバクチだと思っていた自分としては,新しい視点だった。

 たとえば,ある企業の株を買う,つまりその企業に投資することは,その投資したお金をその企業が元手にして事業を拡大し,投資家に還元するということで,つまり,そのお金を自分以外の人が使って大きくすること。自分の時間ではなく,人の時間を使ってお金を増やす,というのである。

 そういう意味では,健全な投資はどの会社の株が値上がりするかを見極めて株を買うことだということになる。

 NISAは,非課税対象枠の話なので,どの金融会社がどういう商品を運用するのかを見極めないと,増えないだろう。結局,運用手数料だけ取って,投資者は元本割れ,というこれまでと同じ事態を招きかねない。不動産でファンドを組む会社も,保証はない。

 自分の資金を「投資」して,それを活用して伸びる会社に頑張ってもらうという,具体的な気持ちが必要かと思う。金融機関の言いなりになっていては,ダメだという意味では,以前と状況は変わっていない。あるいは,本当に信頼できる投資会社があれば,そこに賭けるということもあり得るかもしれないが,世の中,何が起きるか分からない不穏な時代に,特に金融機関は筆者は信用できない。結局は,かつての大口顧客の焦げ付きを穴埋めするために,庶民の資金を回すといった違法な運用をしてきた人たちである。信頼を置くことはできないと筆者は考えている。

 日本の産業がいずれも頭打ちで,自分の力で立ち上がれる会社がほとんどない。なんだか,アラブの富豪や中国の大金持ちの太鼓持ちのような仕事しか,羽振りのいい会社はない。しかし,いずれは飽きられてしまうだろうし,もともと日本に彼らを満足させられるホスピタリティを提供する能力はない。いわば,究極のオモテナシを提供する能力は日本にはないと思うのである。

 ならば,海外のハイテク企業がターゲットになるのかもしれないが,ここがまたバーチャルな世界に逃げ込んで悪事を働く企業ばかり揃っているので,迂闊に動くことができないような気がする。

 今,信じられる「人」がいるのだろうか。

 まあ,こんな考えだから,筆者は沈没の一途を辿っているのだと思う。いわば,玉の輿を狙ってウジウジとこんなブログを書いているのかもしれない。