jeyseni's diary

「ジェイセニ」と呼んでください。批判ではなく提案をするのが生き甲斐です。

政治家って楽しい仕事のはずでは

中学生の卒業アルバムに,将来は政治家になって日本をいい国にする,と書いた。政治家は日本を変えられる存在だと思ったからだろう。

 筆者の周囲には,政治家はいなかった。会社の経営者もいなかった。芸術家もいなかった。個人商店や飲食店の店主もいなかった。公務員もいなかった。ごく普通のサラリーマン家庭に育ったからだ。高度成長期でもあり,日本の社会を支えるような一流企業に入り,1つの歯車として働くことで日本をいい国にするというレールを自分で敷いた。

 当時は,公害や海洋汚染が大きな社会問題だった。化学技術を含む工学分野で研究し,モノを作り,それで日本をいい国にする道を考えた。しかし,研究者も自分の周りにはいなくて,自分のキャリアをそこに絞りきることができず,1年の浪人の末,ジェネラリストの道を選んだ。さらに就職活動時に一般企業での仕事を30年続けられるかに迷い,再度学生部に戻って応募書類を片っ端から探し,今のメディアの道を選ぶことになった。いわばペンの力で問題に立ち向かえる仕事で,非常にエキサイティングだった。それから40年経つが,さまざまな問題意識を持って情報提供に携わっている。このブログは,さらに問題意識を広めた情報発信メディアとして,続けている。

 幅広い社会問題に取り組める,という意味では,政治家は最もエキサイティングな仕事ではないかと思う。正直,まともにぶつかっても解決できないほどの大きな問題が山積している。アイディアも出さなければならないし,同じ意見の同志も集めなければならない。仕事は山ほどある。

 国会議員になれば,給料も出る。さまざまな活動手当も出る。しかし,一般に政治活動の資金は政治献金などであり,その資金集めのための活動は,社会問題の解決とは程遠いローカルのサービス業である。次の選挙に向けての地盤固めも仕事なのだという。となれば,社会のために割ける時間が100%ということはない。

 大臣になれば,書類の認証などのルーチンワークも重要な仕事である。ただハンコを押すだけのいわゆる「メクラ判」では困るのだが,そもそも大臣としてのその分野のスペシャリストではないので,官僚の言うなりになってメクラ判になりかねない。

 ただそのような事務仕事は,どの仕事でも存在する。少なくとも人前で話をすることではない。ここで社会人としての常識が問われることになる。

 多くの政治家は,一般市民と違うという優越意識を持っている。市民にお願いをしていても,常に自分が上にいて,選ばれた者であるという意識がある。そして先生先生とおだてられ,カネに振り回されるようになる。これが,元々は世の中をよくするという高い意識から,現実的なカネの亡者に成り下がるのではないか。

 もう一度,自分が政治家を志して,何をしようとしているのかを考え直してほしい。そのために人間としてどうあるべきか,考えてほしい。そして,生活するだけで手一杯の一般市民が何を求めているか,きっちりと考えてほしい。

 同時に,内閣や与党の揚げ足ばかり取り,批判ばかりしているのが野党政治家だ,みたいにならないでほしい。きちんと政策で闘ってほしい。その建設的な方法を編み出すという政治家としての楽しみを,もう一度取り戻してほしい。