jeyseni's diary

「ジェイセニ」と呼んでください。批判ではなく提案をするのが生き甲斐です。

納豆のパックは紙にできるのでは--業界単位でメッセージを発信してほしい

筆者は関西の生まれだが、納豆は好物である。父親が健康志向だったので、周囲とはかなり変わった食生活だった。もっとも、東京に来て、「スタミナ丼」というマグロ丼を注文したら、マグロの下にトロロと共に納豆が入っていたのにはビックリした。ネバネバ系とはいえ、さすがにこの組み合わせはいまだに納得していない。

   さて、かつて納豆は藁にくるんで売られていた。もちろん、藁でくるんで発酵させていたわけではなく,パッケージとして納豆のイメージとして使われていた。しかしいつの時代からか,納豆のパッケージがことごとく同じ発泡プラスチックに代わってしまった。

 どうやら,納豆をパッキングするメーカーは数が少なく,自社でパッケージに詰めているわけではなく,販売店の都合で商品名のフィルムを重ねるだけで,中身は同じという生産方式が取られているらしい。大量生産することで,価格を抑えるのが目的だと考えられる。したがって,どの納豆を見ても,発泡プラスチックパッケージの大きさが同じということになるようだ。

 ならば,納豆のパッケージは,一気にプラスチックから紙に変更できるのではないだろうか。汁が出るわけでもない。牛乳パックと同じ材質の紙パックにしてしまえば,いいのではないか。何か問題があるのだろうか。

 同時に,タレやカラシの小袋もなくせばいい。どうせ,自宅で食べることがほとんどだろから,タレもカラシも別途準備すればいいからである。

 プラスチックゴミの話題は,日本ではレジ袋とスプーン・フォーク,ストローのことしか話題にしていない。プラスチック包装の代わりにアルミ箔と紙箱(板チョコ方式)--プラスチックの透明性は不必要と気持ちを切り替えよ - jeyseni's diary (hatenablog.com) 2022/6/4。まったくナンセンスと言わざるを得ない。納豆パックも透明性は求められていないから,紙パックへの変更は容易だと思われる。

 ついでに,先日,駅弁の話題を書いた。 駅弁は家で温めて食べるに限る(個人的感想です) - jeyseni's diary (hatenablog.com) 2023/3/11。その後もう一度,駅弁を買って家族と食べるという機会があり,楽しい時間を過ごせた。しかし,食べた後のゴミ,特にプラスチックゴミの量には驚かされた。それでも,考えてみれば3,4日分のプラスチックゴミも同じぐらいの量になる。

 スーパーマーケットでモノを買おうが,コンビニでモノを買おうが,結局は大量のプラスチックゴミが出てしまう。業界単位で思い切った切り替えをしない限り,消費者がゴミ削減をすることはほぼ不可能である。先に提案したお菓子業界,そして今回の納豆業界など,可能なところから始めてほしい。タマゴのプラスチックケースだって,かつては紙パックだったではないか。どうせ,タマゴ自身も値上がりしているのだから,ついでにパッケージも見直していいのではないか。必要不可欠な食材であり,買わざるを得ないからである。

 カップ麺も,一部で紙容器が使われている。つまり,すべて紙容器に変更できるということである。冷凍食品も,たとえばマルチアイスクリームで紙パックが使われている。中のトレイはプラスチックの必要があるが,外箱は紙パックで十分である。

 そうなれば,印刷も白黒1色で十分になる。さらに,ペットボトルにレーザーで直接刻印してプラスチックラベルをなくすのと同様,レーザー刻印で商品説明を入れることも考えられる。

 肉や魚も,その場でスライスカットして紙で包んで渡せばいい。店頭に長時間並べるために,発泡スチロールトレイとラップ,さらに酸化防止剤の噴霧なども行われている。その場でスライスやカットすれば,より新鮮なものが提供できる。消費者もそれを望んでいるのではないか。

 ただ,いろいろと考えても,日本はまだリサイクルやリユース,リデュースを率先して行っている国の1つだと思う。ヨーロッパ諸国のレベルからするとまだまだかもしれないが,先進諸国はそれなりに意識して対応も進めている。一方で,世界の人口のそれぞれ20%を占める中国やインド,そして海に面したアジア諸国やアフリカ,中東諸国など,ゴミに対する意識がまだまだ低い国が海に大量に廃棄物を流していることが,ここ数十年の海洋汚染の最大の原因だと思う。

 SDGsを何らかの形で表明して意識しているのは,日本だけだという話もある。諸外国は経済発展が第一目標であり,貧しさのレベルも格段に違う。本来なら,経済の優秀国として,国民全体が中流以上の生活をし,そこにできた余裕によって平和で建設的で,より社会貢献するモデル国が日本であるべきだが,経済の停滞に加えて,世界的な政情不安,食糧安保の危機,防衛の危機,そして千載一遇の新型コロナ禍で手の打ちようがないことを世界にさらけ出した悪政により,SDGsのモデル国としての説得力がまったくなくなってしまったのが日本である。業界単位で,メッセージ性のある対策を打ち出すことで,相乗効果を生んでほしいところである。