jeyseni's diary

「ジェイセニ」と呼んでください。批判ではなく提案をするのが生き甲斐です。

古いドラマ,新しいドラマ

新型コロナウイルスで基本的な行動自粛が続いている。朝の連続テレビ小説も,3ヶ月分が繰り返しとなり,今日9/14から新しい展開が始まった。

 同じようにこの半年間は,旧作ドラマの再放送が多く放映された。それでも,平成に入ったころのドラマである。もう30年前のことになるがまだ平成時代である。

 男女の関係は相変わらずの設定である。女性の一途な愛,男性の裏切り,女性の涙,男性の暴力・・・・。ドラマもアニメもあまり変わりはない。

 片や,日常のニュース番組を見てみると,男性キャスターは背広にネクタイ,女性キャスターは明るい自由服。当たり前のように腕や足は肌が見え,女性として魅力的に見えるようになっている。男性の背広ネクタイ姿は,「組織」としての会社の制服である。明らかに組織の権威を背負っている。その権威に頼って仕事をしているように見える。

 どうせ,堅いニュースを伝えるのなら,男性キャスターだけで番組を作ればいい。女性キャスターと掛け合いにする必要はない。一緒に仕事をするなら,男性も自由服にすればいい。権威に頼る男性の弱さを逆に見せてしまっている。

 スポーツニュースのキャスターも,なぜか女性が多い。女性のゴルフやテニスを伝えるのならいいが,相撲,ラグビー,野球など,汗臭い競技の解説を女性キャスターが担当することに違和感を覚える。「女性は強い男性が好みである」といったステレオタイプに当てはめているように見える。現場でのインタビューも,女性キャスターが務めることが多い。相手もおだてられていい気持ちになり,カップルが生まれるケースも多い。スポーツ選手とマスコミキャスターの結婚の話題が出るたびに,またか,と思ってしまう。

 女性を飾りモノのように扱うすべての企画をやめるべきであると考える。ニュースは男性キャスターが伝えればいい。女性の視点で伝えるニュース番組は,別途企画すればいい。しかし,これまでの例からすると,単に井戸端会議的な番組になりがちである。その企画も女性が立てれば,今ほど馬鹿げた構成になることもないだろう。理性あふれる番組作りを目指した方がいいと思う。演出もきっと落ち着いたものになるのではないかと期待する。

 ドラマでもアニメでも,基本的には男性が主役で,女性はその引き立て役である。女性が主役でも男性に恋して変わって行く,といった想定が多い。前にも書いたが,このステレオタイプ的な設定はそろそろやめてほしいと思う。だが,世の中の女性が相変わらず,白馬の騎士を求めているのなら,いつまでたっても世の中は変わらない。

 女性は涙を捨て,堂々と一人ででも生きていけるだけの努力をする必要があるだろう。男性は,既得権益で地位や権力を世襲できる仕組みになっている。頭はなくても力があれば通用する世界を作って来ている。この力に対抗できる知恵,知識,自衛術を身につける必要があるだろう。

 筆者も身体は小ぶりで自慢できたものではないので,身体の大きな男が怖くて仕方がない。そういう視点で見ていると,すれ違う男,すれ違う男の8割がデブで体躯の巨大な男であることに気づく。女性にとっても脅威なのではないかと思ったりする。当然,服装もいい加減である。短パンで不格好な脚をさらし,薄汚いTシャツ,ときには下着かと思えるような格好で,平気で外を歩いている。ちょっとは周りの視線も考えろよ,と言いたくなる。

 経済が伸びていた時代は,金が命の男性が多かったので,これに紐づく女性がそのパターンとなっていた。経済が停滞している現在,男性の魅力がほとんどなくなっている。女性はもっと自分を主張していい時代だと思う。衣食住のすべての感性は,女性の方が圧倒的に高い。大型投資,公共投資,犯罪などを使わずに,よりよいものを作って行ける感性も女性が持っていると思っている。今どき,ブランドモノをエサにしてくる男性に碌なヤツはいない(まあ昔からそうだと思っているが)。男性も自分を磨け,と言いたいところである。

 まだ,新しいドラマは生まれていない。お涙ちょうだいで迫るドラマでない表現で,迫ってくれる女性監督の登場を期待したい。もちろん,アニメ業界,歌謡業界でもそうである。男性との仕事を断り,男性の絡む番組のインタビューを断り,女性視線を貫けるような強いメッセージのドラマがほしいところである。