サスペンスドラマが好きである。特に「○○刑事」モノとか,鑑識課とか科捜研とか,犯罪の謎解きをするシリーズは,つい見入ってしまう。アニメで言うと「名探偵コナン」シリーズである。
犯罪の謎解きをするプロセスが面白い。途中でどんでん返しがあることも多い。よく考えられていると思う。
さて,ドラマの犯罪では,まず間違いなく男女のトラブルが描かれている。そして,最後は男性か女性かいずれかが犯人,ということになる。ワンパターンといえばワンパターンだが,作家の発想がだいたいその方向なので,仕方がないかと思う。
多くは,男性に地位や名誉,金があり,女性がその犠牲になる,というパターンである。男が犯人の場合は開き直り,女性が犯人の場合は泣き崩れる。これもパターンである。
以前から,男女の関係については,女性には損な面しかないと書いてきた。腕力ではかなわないので,DVが起きる可能性が高い。セックスにおいても,結局は男側の一方的な快感処理以外の何ものでもなく,男性の射精の快感に相当する快感のない女性にとっては,単なる男性の快楽処理の道具以外の何ものでもない。妊娠という危険を伴い,望んだ妊娠にしても,出産までの危険を伴う。妊娠中やその前後には,男のセックス要求に応えることができないため,浮気などの危険性が増す。実際に,妻の妊娠中の浮気が最も多く,深刻である。
女性は,性犯罪の被害者となる可能性がある。痴漢行為をはじめとする性犯罪の被害者は,その被害の恐怖からなかなか逃れることができないPTSDを発症することがほとんどである。加害者は,罪を問われたとしても,更生して世の中に復帰することが多いが,その多くはまた同じような性犯罪を繰り返すという。万引と同様,習慣性から抜け出すことができないらしい。逆に性犯罪の被害者である女性は,悩みを抱え続け,社会復帰することさえ難しくなる状況のようだ。多くの被害者が自殺の道を選ぶことも指摘されている。この不公平さを産まないようにするには,男性の性意識を変えて性犯罪そのものの根を絶たなければならないが,いかに教育してもいかに指導しても理解できる理性を持ち性欲を制御できる男性はそれほど多くはない。まことに問題である。
結婚というのが,女性にとっては自らの身体を提供してより安定した生活を得るための契約でしかない。現代社会では,女性が安定した収入を得られる仕事は限られている。家庭に入ることで,男性の安定した収入に頼るしかない。
「主人」と「奥さん」という言い方も,いい加減なくしたい。主人とはmasterであり,奥さんはhousekeeperである。主人と奴隷の関係以外の何ものでもない。
もっとも,ふんだんにお金があって,自由にそれを使えて,「主人」「旦那」という関係に不満も疑問も感じていない女性も多い。
愛し合っている,という関係も疑問である。正直,男性は性欲を処理する相手は基本的に誰でもいいのである。結婚したら妻だけが相手か,というとそうではない。魅力的な女性を見れば性欲が湧く。そのまま行動につながることも少なくない。世の中ではこれを不倫というが,男にとっては,相手が誰であるかは問題がないのである。
結婚すれば,男性が自分だけを愛してくれていると女性が考えるのは当然だが,実はそうではないのである。特に,妊娠中はセックスができないため,男性には不満が募る。子供を作る年代はセックスの要求も高いので,男性は妻にセックスを拒否されると家の外にセックスのはけ口を求めることになる。それが風俗なのか,不倫なのか,あるいはじっとガマンするのかは,男の理性の差である。正直,完璧な理性のある男性にとっても,性欲をガマンするのは厳しいものがある。それをさらに乗り越えられるかどうも,男性の理性にかかっている。ひょっとしたら半分ぐらいは望ましくない方向を選ぶのではないかと思ったりする。一夫一婦制がもたらした不具合なのである。
以前からコメントしているが,女性には本当に独立していただきたい。男の支配下に置かれず,自分のやりたい仕事に邁進してもらいたい。
女性は,基本的に肉体的な魅力を持っている。男はこの性的な魅力をどうしても求めてしまう。女性の魅力を出すなとは言わないが,それを武器にはしてほしくない。男性が本当に自分と対等な立場で付き合ってくれているのかどうかを判断してほしい。正直,ほとんどの男は,女性を母親代わり,お手伝い代わり,そして性欲のはけ口としか考えていない。ご飯を作り,洗濯をし,掃除をし,夜はセックスの相手をする,それだけの存在である。子供ができれば,その養育を任せる。とにかく,収入を得ていれば,男性は自分中心であり,家庭に縛られなくてもいいと考えている。
現在,およびこれまでの愛というのは,男の愛は金で性欲の満足を買うことである。女性の愛は,収入の保証,生活の保証を受けながら,それをセックスやhouseholdingで返すことである。21世紀に入り,ITが支えてくれるようになった。インターネットで自分が中心になることができるようになった。できるだけ,男性から独立した人生を構築してほしいと思っている。
男性の愛情は支配欲のための詭弁である。女性の愛情は人間的安定を求めるがゆえの自己犠牲である。子供を授かるという目的に対して,多くの犠牲を払っているような気がする。それが釣り合うものかどうかも考えていただかなければならない。勉学や仕事の達成感,社会的地位への希求など,女性にも追求していただきたい。それを結婚というひょっとしたら人生の墓場となりえる選択をすべきかどうか,もう一度考えていただきたい。