筆者は,大学では工学部でモノづくりを学んだ。学卒なので“研究”までは行かなかったが,卒論ゼミではノイズを研究する研究室に入った。さまざまなノイズ(雑音)を研究する研究室で,電車の車輪のノイズ,モーターのノイズ,家電のノイズなどの研究テーマがあった。もう一つの系列として,楽器の音の分析と再現の研究があった。筆者は後者に関心を持ったが,卒論は自由にテーマを決めていいというので,さらに外れて生き物の楽器,つまり虫の音の研究をして卒業した。
研究室のテーマであるノイズは,その後,モノづくり応援ジャーナリスト生活の中ではたびたび取り上げたテーマだった。オーディオ関連の話題では,レコードからCDが登場した時期であり,レコード盤を針がトレースするときの“ノイズ”のないCDがその後音楽の世界をすっかり変えてしまった。いまでは逆にレコードの音が温かみがあるなどの理由で見直されているのは,なかなか複雑な気持ちである。
さて大学でノイズの話題に触れてからもう50年近く経つが,ノイズ問題は一向になくなっていないのを感じる。当時から問題だったモーターの回転音と風切り音は,いまの家電でも問題である。これにさらに加わったのが,インバータのノイズである。
省エネの決め手とされるインバータだが,これを支えるパワー半導体に電気が流れる際に素子に機械的な振動が発生し,これがインバータノイズとして外に出てくる。出力の周波数が連続的に変わるため,音も低い音から徐々に高い音に変わってくる。人にとってはあまり心地良い音ではない。
大電流を流すインバータ制御電車でまず問題になったこのノイズは,人の耳に心地よい可聴音をわざわざスピーカーから流して重ねることでごまかされた。その後改良が加えられ,かなり静かになっているようである。
そこで身近で気になるのが,ハイブリッドカーのインバータノイズである。
たまたま歩行者として信号待ちをしていると,ハイブリッドカーが目の前で加減速する。すると,インバータの“キーン”というノイズが聞こえてくる。モーターの回転からエネルギーを回収してバッテリーに戻す回生回路が働くときにインバータが活躍するために起こるノイズである。車に乗っていてもあまり気にならないのは,車内にはノイズが入らないように遮音されているからで,車の外にはその対策がほどほどにしか行われない。周囲にとっては迷惑な音である。
今後,ガソリン車やディーゼル車がなくなり,電気自動車や燃料電池車などに移行することになると,ますますこのインバータノイズが気になるのではないかと心配になっている。エンジン騒音よりは音量は少ないが,音質が不快なのである。
先に紹介している新型コロナウイルス対応のエアシールドでは,小型のモーターと回転ファンが送風のポイントになるが,低価格で実現しようとするとモーターの回転音もファンの風切り音も気になる。50年前とあまり状況は変わっていない。モーターは,ブラシ型からブラシレス型が主流になることによって,寿命やノイズ,火花の発生などが抑えられて随分改善はされた。ファンもプロペラ型からシロッコファン型にすることでファン内の空気の流れに渦の発生が減り,かなり静かにはなっているが,ウエアラブルなどの用途で使うにはまだまだ改良の余地はある。
逆に,風力発電でも羽根の風切り音と発電機の機械ノイズなどが問題になっている。特に羽根の風切り音は周波数が低く,低周波ノイズとしての問題が大きい。
空気という流体がある以上,渦が発生すればノイズは発生する。いかに滑らかな空気の動きを作るかがポイントにあんる。風切り音の問題は,ファンレス扇風機のような逆転の発想で騒音源を囲い込むなどをさらにコンパクト化する方法の開発が望まれる。モーターの回転音も,ブラシレス化のほかにベアリングの改良などをさらに進める必要があるだろう。そしてインバータノイズは,パッケージングの工夫だろうか。
いずれも,発熱・放熱の問題とのトレードオフになる。熱になるエネルギーのムダをどうなくすか。技術者にとってまだまだ研究すべき課題は山積している。