jeyseni's diary

「ジェイセニ」と呼んでください。批判ではなく提案をするのが生き甲斐です。

生成AIではなく「盗用AI」というべき--Creativeな世界は崩壊した

2022年11月登場のOpenAI社のAIチャットボット「ChatGPT」を皮切りに,Bing(Microsoft),Bard(Google)などの「生成AI(Generative AI)」がまさにブームとも呼ぶべき勢いで拡大している。
 筆者は,これらは「何も新しいものを生み出していない」ので,Generativeという言葉を使うべきではないと感じている。
 むしろ,世の中の誰かが作った文章や写真,イラストなどを勝手に使って提示しているという意味では,「盗用AI」あるいは「盗作AI」と呼ぶべきではないかと思ったりしている。
 なかなか馴染みのない単語だが,いずれもplagiarizeという英語になるようである。
 文章を自動作成するChatGPTなどは,いかにもそれらしい答えを出してくる。
 かつての翻訳ソフトでは,単語1つずつを解釈し,並び順を解釈し,単語の順番を言語によって入れ替え,言語のクセ(主語を省くなど)を加味して,翻訳先の文を出力していた。これがgoogle翻訳の登場により,パターンの合う文同士を並べ,異なる単語だけ意味を変えて提示するだけで,それらしい翻訳になるるというアルゴリズムで大成功した。今回の“盗作AI”も,いわばパターンマッチングである。
 画像関係の“盗作AI”は,もっと厄介である。こちらも何も生み出しているわけではなく,何万枚かの候補の中から最も整合性のいい画像をマッチングさせ,接合部分をミックスさせるというアルゴリズムと思われる。不要部分のカットまでは人力でも塗ることはできるが,写真の左右への塗足しについては,もはや盗作以外の何物でもない。
 いずれ,これらの“作品”にNFT(Non-Fungible Token、非代替性トークン)を付けて販売し,著作権を主張するようなビジネスが出てくるだろう。やったモノ勝ちでルールも何もない世界になってしまう。
 当初,画像処理ではなかなか難しかった「切り抜き」「不要物消去」「ピクセルダブリング(拡大)」へのAIアルゴリズムの適用には賛成だったが,生成という名前の盗用まで,大手Adobeが手を染めていることに,非常に残念な気持ちと一種の憤りさえ感じる。Creativeとは何か,もう一度考えてほしいと思うし,すでにこれが実現した現状で,Creativeは意味をなさなくなったと思うのである。