jeyseni's diary

「ジェイセニ」と呼んでください。批判ではなく提案をするのが生き甲斐です。

食べたい食材は,たぶんすべて食べた--あとは自分の身体が欲するモノをいただきたい

筆者は,現在60代後半を驀進中である。5人家族のうち,子供2人は社会人に,あと1人が大学生である。契約社員ながら,仕事もフルタイムでこなしている。お腹周りがなかなか減らないが,比較的健康には自信がある。まあ,健康自慢が突然,というケースもあるので,油断はできない。

 そろそろ終活をと考えて,田舎にあった墓を墓じまいし,近くに新しく墓を作りつつある。とりあえず,筆者と筆者の義理の母,そしてペットの犬2匹(1匹は存命中)までは入れてもらえる形を作った。

 パソコンの中身の処理をどうするかについては,まだほとんど手つかずだし,荷物もどうするか決めていない。やらないといけないことは山ほどある。そこにまた,家の屋根の修理まで入ってきた。お金が足りない。

 以前から,食べ物系の番組に対しては「食べ物で遊ぶな」と批判をしてきた(「食」に関する意見。大食い,激辛,創作料理に“オーバードーズ税”を加え,世界の飢えている人たちに還元したい - jeyseni's diary (hatenablog.com) 2021/6/26 など)。ロシア・ウクライナ紛争で,ロシアがウクライナの港を攻撃し,世界に輸出しようとしていた穀物を燃やしてしまった(ウクライナ港湾都市をロシアが攻撃、穀物6万トンが被害 輸出協定の失効翌日 - BBCニュース 2023/7/23)。これにより,世界でまた飢餓で亡くなる人も出てくるだろう。核兵器を使用したのと同等な犯罪行為だと筆者は感じる。

 食糧問題,人口問題,環境問題,戦争問題,そして新型コロナウイルス禍の再燃と,地球はかつてない危険な段階にあると感じる。筆者の寿命はあと15年とみているが,その間に日本がまず戦火に巻き込まれないことを祈りたいが,環境破壊による破滅ももはや手遅れのような気がしてきた。

 死ぬ前に最後に食べたい食事も考えた。なんだろうな。エビフライかな,トンカツかな,いやポテトチップでもいいかな,などとのんきなことも思っている。

 肉類,魚類,野菜類,酒類,スナック類など一通り,頭の中に食材を思い浮かべているが,おそらく食べたいと思った食べ物はほぼすべて食べて来たと思っている。霜降りのA5ランクの牛肉もどこかで食べているし,とれたての生ガキも食べた。大間のクロマグロは食べてないかもしれないが,本マグロは食べている。大トロの握りも食べた。メロンもサクランボもなんでも食べた。日本ほど,食のバラエティに富んだ国はほかにはない。実にありがたい人生だった。

 もちろん,金持ちではないので,毎日贅沢ができるわけではない。これまで1回しか食べたことのない食材の方が多い。しかし,なんでもバランスよく食べられ,清純な水をたっぷり使え,熱々になるまで加熱できるだけのエネルギーも使うことができた。これほどありがたいことはなかった。

 いまや,コンビニでお惣菜が買える時代である。おふくろの味のような煮物から,揚げ物,生物,生野菜まで何でも買える。しかしそれは何か変だなと思ったりする。1人暮らしであったとしても,きちんと食材を買い,調理して味わうのが本来ではないか。それを電子レンジで温めてそのまま食器にも移さずに食べられる,家に鍋も包丁もない,という生活は,できるのかもしれないが,筆者自身はできればしたくない。コンロの火で鍋を加熱して調理し,お皿や器に移して,食卓に並べて食べたい。毎日がお弁当ではちょっと切ない。

 仮に1人暮らしになったら,食べる量は少なくなるが,せめて冷凍の食材を買い,それを味付けして,食卓で食べたいと思うのである。料理は科学である。また頭の体操でもある。今何を身体が欲しているかと相談しながら,食材を選ぶというのもまた,頭の体操だと思うのである。

 贅沢をしたつもりはないが,もうこれからは身近にある食材をありがたくいただければと思っている。正直,料理番組や食べ物番組で紹介されるような料理にはほとんど食指が動かない。まあ,カレーでもポトフでもチャーハンでもオムライスでも,自分で作れる簡単なレシピを持っていることと,小学生のころからボーイスカウトでキャンプ料理を作って来たという,今の人にはない強みがあるためかもしれない。

 あえて,ジビエやゲテモノに手を出すことはしたくない。大豆タンパクでの代替食品はOKだが,昆虫食は拒否するだろう。やはり,食は文化である。日本人には日本人らしい文化の範囲があってもいいのではないだろうか。そして,健康的で美味しい食材を日本国内のみならず,海外にも提供していくことが,日本の務めなのではないだろうか。見栄えだけ,写真映えだけ,なんでもかんでも組み合わせればいいと思っているような今の食を提供する側も受ける側も,もっと節度を持ってほしい。本当に世界には1日1食も食べられない人たちが20億人もいることを忘れてはならない。

 いただける食品を,ありがたく無駄なくいただくことが,まず大事だと考える。決して,流通に乗らない廃棄寸前の食材を生かすことが正義ではない。もし,廃棄系の食材が世の中の流通に乗ってしまうと,今度は正規の食材が売れなくなり,価格が暴落し,それを作る農家が破綻してしまうからである。