新型コロナウイルス対策で,日本の取り組みは一定の効果を上げていると思われる。世界中で使われている標語である「Stay Home」「Social Distancing」に加えて,日本は「3密」「自粛から自衛へ」という標語も発信している。これに,従来からある「風邪の季節はマスク着用」「家に帰ったら手洗いとうがい」という生活習慣が加わったのが,新型コロナウイルスに対する日本型感染症対策モデル「日本モデル」である。
日本は,先進国の中では最も感染者数,死亡者数が少ない国になっている。島国という地理的な優位性があって,いわゆる水際作戦は常に功を奏している。台湾も地理的な優位性があり,しかも2002年のSAASのときの経験があって,対応が非常に早かったことから,感染拡大を抑えている。SAASの際は,真夏でも街中がマスク姿だったことを覚えている。供給もスムーズだった。この点は,日本は恥ずべきところで,台湾を高く評価できる。
台湾では,新型コロナウイルス対策の指揮を執った陳時中・衛生福利部長のリーダーシップに国民が追随した。ニュージーランドのアーダーン首相は,早い段階で海外からの旅行者を制限し,わかりやすい口調で国民に感染防止の心得を説明した。ドイツのメルケル首相は,やはり素早い判断で移動制限をかけ,国民に協力を仰いだ。残念ながらドイツの感染者数は19万人を超えているが,国民は整然と行動しているように見える。
この半年間の各国の対策を見ると,リーダーシップを執る人の考え方とその国民の捉え方によって,結果に大きな開きが出たように思われる。上記の台湾,ニュージーランド,ドイツの例は,指導者の呼びかけを信頼した国民が,基本姿勢を守って応えた結果ではないかと考える。SAASのときの対応の失敗を踏まえて涙ながらに国民に呼びかけた台湾の陳氏,そしてアーダーン首相やメルケル首相は,国民を安心させるような包容力のある口調で国民に呼びかけた。母親のように慕われているとも聞く。
強いリーダーシップを執っても,国民の半分が動かなければ効果がなく,これをさらに力で封じ込めようとして暴動になる国もある。リーダーに対する信頼性の持ち方だろうか。
これに対して,ほとんどリーダーシップを発揮せず,国民からも信頼が置かれていないにも関わらず,感染数や死者数を大幅に抑え込めているのが,日本である。地理的に「鎖国」しやすいとはいえ,ダイヤモンドプリンセス号船内での新型コロナウイルスの集団感染の封じ込めができなかった。同船内で感染していた日本以外のお客が各国に帰国し,そこから感染が広まったという話もある。日本では,中国の武漢市がウイルスの発生源と考えているが,世界各国は,それに加えて日本のヨコハマが第二の拡散源という認識もあるのだ。
マスクの常時着用は,これまでの日常にはなかったが,マスクを着けるという文化は日本にはある。水が豊富な日本では,手洗いやうがいの習慣もある。これにソーシャルディスタンシングを加えた「新しい生活」様式が,早い段階での決断を何もしてこなかった日本での感染拡大抑制という奇跡をもたらしているのではないか。
ソーシャルディスタンシングは,海外から入ってきた概念である。人との距離を2m置くというのは,文化としてはなかなか難しいものである。それでも,お店やイベントなどで,足元に印を加えるなど,自主的な対策が進められている。店内放送でも,おしゃべりの自粛や最小人数での来店,並ぶ際の間隔開け,新しい精算方法などが呼びかけられている。本当にこれが新しい日常になるんだな,という気がしてくる。
これまで感染拡大防止のためにさまざまな対策が講じられてきた。そろそろ,過剰品質の対策は代替対策に置き換えを考えてもいいのではないかと思っている。
屋外の場合,密閉空間ではないので,唾液の飛散さえ抑えられればソーシャルディスタンシングの距離を縮められることを検討する。つまり,マスクを着用していれば,席の間隔を空けなくても着席していいということである。また,席と席の間に多少のパーティションを設置すれば,飛散による感染を防ぐことができる。
屋内の場合は,密閉空間になりやすいので,換気が必要である。また,マスクだけでなく,フェイスシールドの併用が望ましい。肩が触れ合うぐらい密集していても,フェイスシールドがあれば直接相手に息がかからない。ダウンフローによる換気設備の設置も必要だ。新しい空気が常に流れているだけで,安心感がある。
電車やバスなどの公共交通機関は,屋内の場合に準じた対策が必要である。もともと定員を超えた乗車率になり,15分以上同じ空間にいるため,3密の条件に当てはまる。マスク,フェイスシールドの着用,ダウンフローによる換気に導入など,電鉄側,乗客側双方の対応が必要である。特にダウンフロー換気の設備の設置は,速やかに進めてもらいたい。
それにしても,アメリカやヨーロッパ各国,ロシアなど,人口の密集度は日本よりはるかに少ないと思われる国で,感染が急速に広まっているのはなぜだろう。京都大学の山中伸弥教授が「ファクターX」と言っておられる日本人特有の要素があるのかもしれない。その一つは,狭い国で多くの人が共同生活している日本ならではの習慣,たとえば,家に入ると靴を脱ぎ,外の汚れを持ち込まないことや,帰宅したらすぐに手洗い,うがいをすること,おじぎという触れ合わない挨拶の習慣,風邪の季節にはマスクをしようという子どものころからの習慣など,これまで他の国から見たら「日本は変な国」と言われている習慣が,少なくとも接触による感染拡大を最小限にしているのではないかと思える。
人は無意識のうちに1日300回ぐらいは顔を手で触るらしい。顔にもし感染者の唾液などの飛沫がかかっていたら,それを手で触り,その手で目をこすったり,他のものを触ったりして,感染を広げるという可能性もある。気になったらこまめな手洗いやアルコール消毒液の常備などで感染を防ぐ必要がある。外出先から帰宅したら,シャワーを浴びて顔や髪も洗うという習慣は加える必要があるかもしれない。
清潔な環境を作ることによって感染症を広げないことを実証した「日本モデル」を世界に輸出し,日本の良さを再認識してもらうのが,今求められていると考える。それを発信するのが,リーダーたる政府の仕事でもある。他国のリーダーに比べて指導力,決断力,人気など,どれをとってもリーダーシップが取れていないように思える。ワクチンや特効薬が開発されるまでの1年間,この「日本モデル」を世界に提唱し,感染を抑える流れを作ってほしいと思う。