jeyseni's diary

「ジェイセニ」と呼んでください。批判ではなく提案をするのが生き甲斐です。

女性がマウントを取るには、知識と資格と信念、そして腕力と脚力が必要

女性の社会進出について何度も考えている。先日は、東大ミスコンテストの歴代優勝者のその後が番組になっていた。

   そもそも、ミスコンが東大で行われていることが、時代錯誤である。信じられない思いで見ていた。

   卒業後の活躍ぶりを見ても、はっきり言ってパッとしない。まあ、男性でも世の中での有名人になるのはわずかだし、大学の名前が功を奏する訳でもない。しかし、ミスコン優勝という冠がマイナスに働いているようにも見えた。

   何度も言うが、東大に進んでまともな人生は送れない。それは、東大がトップではないからである。日本では一番持ち上げれているが、所詮は地方で1位であるに過ぎない。

   かつて東大卒は日本を動かしたのではないのか。今や、ベンチャーに横滑りして金儲けしたり、クイズ王に横滑りしてお笑いタレントになったりしているだけである。政治家にも官僚にもならない。理IIIに行きながら医者にもならない。

   さて、東大卒の女性ですら、世の中のトップにはなっていない。何のために東大に行ったのだろうと思ってしまう。せっかくの切符を持てたわけだから,その知力と意欲を世の中で活かしてもらいたい。しかし,女性にとっては,まだまだ社会進出のハードルが高いのも事実である。

   女性の社会進出には、知識も理性も必要だし、これを保証するために資格は必要である。医者でも弁護士でも何でもいい。そして、自分の理想を貫けるだけの信念も必要である。

   とここまで書いて、まだ足りないものを感じた。それは、力でマウントしようという男性をどう押さえるか、という課題である。理性のない男ほど厄介なものはない。理屈も理論も通じないからである。

   ここは、ある程度の腕力が必要と感じた。無理矢理マウントしてくる男の最後の一瞬で逆転する必要があるからである。

   かつて、自分の家族に娘が加わったとき、自分の命を守るために護身術や空手を身に付けるべきだろうと思っていた。近くに道場もあった。結局、通うことも近づくこともなかったが、心の鍛練という意味でも参加すべきだったかもと後悔している。

   テレビドラマを例に取れば,刑事モノ,医療モノなどにおいて,資格と腕力の必要性に気付かされる。いずれも肉体労働であり,相手(犯人,患者)を押さえつける腕力や逮捕,手術という腕力も現実問題として必要だし,さらに男性社会の中で孤軍奮闘するための腕力も必要と見た。女性中心の看護師,介護士の世界でも,相手を扱う腕力,限られた時間内に処理するための判断力や走力も必要になる。だれよりも真っ先に駆けつける,仕事に必要な荷物は自分で運ぶ,そのレベルの強靭な身体は必要である。重いから仲間に手伝ってもらうといった甘えが見えると,そこでもう終わりである。

 さらに,これこそハラスメントなのだが,男は大声で汚い言葉で相手を罵倒する。男の自分でもストレスを感じることがあるのに,まして女性が相手の場合は完全に勝ちに行こうとしてマウントしてくる。これを冷静に跳ね返すだけの凛とした態度,感情に訴えずに理性で押さえる理論力,そして周りを自分の味方に付けられる合理的な説明力が必要である。

   しかし,いったん人や組織を管理する側に立ったときは,柔軟な対応も必要になる。部下にやる気を発揮させるのに理論だけでは通らなくなる。信頼関係をいかに構築するか,そこには周りの意見を聞いて最適な判断を下す能力が必要になる。

 かつては「ちょっと一杯」というノミニュケーションの文化が男性社会ではあったが,男女平等社会ではなかなか実現は難しい。男性側の理性が減退してハラスメントに発展する可能性が高いからだ。「喫茶店」という文化も死語になっている。ややこしい世の中になったものである。差し入れとかお茶会とか,そのレベルでホンワカと行われるのがいいかもしれない。そういう雰囲気を醸し出せるのは,女性リーダーの特権でもある。

 自分の夢の実現のために,女性の場合は犠牲を考えなければならなくなる可能性がある。仕事を人生とするには,100%サポートしてくれるパートナーが必要になる。仕事の中身をよく理解してもらえる同業のパートナーの方がやりやすいかもしれないが,逆にライバル関係になるとややこしくなるかもしれない。子供ができると,その育て方についての意見が一致するとは限らない。そういうときに男は必ず仕事に逃げる。そのストレスを間違いなく受け止めなければならなくなる。

 女性リーダーは,ある意味で孤独である。2022年9月8日に亡くなったイギリスのエリザベス女王も,息子のチャールズ新国王の家庭のことでは悩まされた。さらにチャールズ新国王の前妃であるダイアナ元妃の2人の息子(つまりエリザベス女王の孫)にも気を遣われた。ニュージーランドのアーダーン首相が,産休を取得したことが大きく報じられたが,それぐらい世界でも例のないことである。

 テレビのサスペンス系ドラマでも,女性の主役が独身か離婚経験者かという設定が多いように思う。結婚していても,夫が子煩悩とかマスオさん的に描かれることが多い。しかし,現実社会ではほとんどありえず,特に日本は皆無に近いと思う。

 正直,昨今のオカマタレントの台頭も気に入らない。かつてはピーター,美川憲一美輪明宏ぐらいだったが,今や人気ランキングが出るほどゴロゴロと輩出している。それもかつての場末歌手からの台頭ではなく,オカマバーや話芸などのエンタテインメント系であり,ほとんどがお世辞にも美しいとは言えない。「女性としてマウントするには,こんな迫力がいるんだよ」とでも自慢げに言っているような気がする。結婚という障害もない。自分1世代だけ自由に生きればそれで済むという気楽さも感じられ,気に入らない。

 しかし,ひょっとしたら女性としてマウントを取る1つのパターンとして検討してもいいのかもしれない。まあ,あそこまで自分を捨てる必要はないとは思うし,女性としての魅力を発揮する場面も必要だと思われる。反面教師として,研究してみてはどうだろうか。