jeyseni's diary

「ジェイセニ」と呼んでください。批判ではなく提案をするのが生き甲斐です。

コメントばかりで提案なし--マスメディアもブログも批判ばかり

「コメンテーター」「評論家」とはよく言ったものである。コメントするだけ,評論するだけ。これはいい,これは悪い,なぜだ,信じられない,などなど。

 緊急事態宣言の延長についても,「国民は奴隷」だの「危機管理が甘い」だの「根拠がない」だの,言いたい放題,いや「言いっぱなし」である。

 専門家でもないコメンテーターに「どうですか」と意見を求めても,いいか悪いかの答えしかできないのは当たり前である。ところが評論家はもっとタチが悪い。批判をするのが仕事であるようだ。

 大手Webポータルサイトのニュースでも,同じような話ばかり集められている。大手ブログの有名人のコメントを見ても,コメントと批判だけしかない。正直,期待して読み進めて,最後にガッカリする。まぁ,この程度の人か,と思うと同時に,このようなコメンテーター,評論家のただの感想ばかり集めて掲載しているサイト運営者,サイト編集者の技量もその程度であると判断せざるを得ない。「週刊誌レベル」と言うと週刊誌に悪いが,その程度という意味である。

 かつてメディアといえば,テレビ,新聞,雑誌である。いまはこれにブログや動画サイト,SNSなどが加わり,個人レベルの情報が山のように発信されている。筆者のように,勝手に発信される情報がほとんどになっている。かつては,記者の取材した内容をデスク/キャップがチェックし,間違いがないか,社会的に問題がないかどうか,価値があるかどうか,などのフィルタリングをしたあとに発信される。発信は基本的に一方方向である。いまはデスクなどのフィルタリングがない。好き勝手の発信のために炎上することもある。双方向になったために問題が起きることも多い。誹謗中傷に終わることも多い。

 厄介なのは今のテレビである。ニュースは編集された構成だが,ワイドショーはリアルタイムなメディアで,発言に修正が効かない。時間も限られているから,感想を聞くだけで終わり,ということになりかねない。MCの暴走,コメンテーターの暴走も何度も起きている。どこかで自浄作用が起きないと,まずいのではないかと思う。

 ただ,情報を入手する手段としてのテレビの順位は,個人メディアの後塵を拝するようになっているのではないか。それを呼び戻すかのような,芸能人,タレントオンパレードの番組作りになっていないか。視聴率を取ろうとしているが,すでに小さくなったパイの中でのドングリの背比べでしかないのではないか。民法だけでなく,NHKも同様である。新聞も購読者数がどんどん減り,広告収入も減っている中で,質がどんどん落ちているように感じる。

 筆者も今後,どのような情報発信をどこですればいいのか,もう一度考える段階に来ていると思わざるをえない。