コンピュータは,1バイトの世界である。デジタルが「1か0」という1バイトで表現される。
言語が1バイトで表現できるのが,アルファベットを使う1バイト圏である。英語が世界標準となっているのも,最も少ないデータ量で情報を表現できるからと考えられる。
筆者が大学で計算に使った大型コンピュータも,1980年に社会人になって触れたシャープのパソコンZ80も,すべて1バイトだし,プログラム言語のFORTRANもBASICもすべて1バイトであり,2バイトの日本語表示はできなかった。
日本語ワープロは,日本独自の専用機として登場した。試作機が1977年ごろに発表され,1980年ごろに日本の電機メーカー各社,コンピュータメーカー各社が参入したという。その後,パソコンにも日本語ROMが搭載されて日本語表示ができるようになり,ワープロソフトの時代に移っていく。
1987年から1年間,筆者はアメリカに留学したのだが,そのときは「アメリカではアメリカのパソコンを使おう」と思っていた。現地で学生向けに販売していたパソコンのセットが1024ドルだったと思う。IBM製で,モニターはモノクロブラウン管,MS-DOSのマシンだった。大学のレポートは,このパソコンで作成することができた。
一方で,日本語ワープロが欲しいという気持ちもあった。日本の上司とのやり取りは電子メールだったが,こちらからは日本語で送ることができず,ローマ字で打ったりした。かえって読みにくいので英語で送ってくれればいいとまで言われた。
このMS-DOS上で動く日本語ワープロソフトというのを販売している日本人がおり,これも確か1000ドルぐらいだったかと思うが購入した。日本語表示のためのデータもフロッピーディスクから読み出す仕組みなので,実用的ではなかったが,一通りの文章は打てることは確認できた。
その後,日本製のパソコンに日本製のワープロソフトを搭載して,日本のパソコン市場は独自の進化を続けるのかと思えた。新聞の電子組版,書籍や雑誌のDTP(デスクトップパブリッシング)システムも,日本のワークステーションメーカーと日本のソフトウエアメーカーが作り上げていき,2バイト圏での日本語処理は日本が世界を席巻するかと思えた時期もあった。
ところが,日本のパソコンメーカーが国産OSを捨ててDOS-VというMicrosoftのOSを採用するようになって,プラットフォームが一気に世界標準になってしまった。漢字などの2バイト処理ができ,ワープロソフトでもローカライズ(各国仕様に対応)することで,日本語ワープロソフトを実現できるようになった。その後のWindowsとOfficeというMicrosoftの仕組みが,1バイト圏,2バイト圏を含めて世界標準になってしまった。Macintoshの世界でも,2バイト言語に対応し,アメリカ発の世界標準OSのもとですべての言語が処理できるようになっている。
おそらく,1バイト圏のエンジニアにとって2バイト文字を扱うのは苦手だったろうし,理解しづらかったと思われる。その努力は称賛に値すると思う。ただ本来なら,2バイトを得意とする日本が,リードすべきだったのではないだろうかと思う。今でも,旧来のShift-JISとUnicodeの違いなどによる文字化けが当たり前のように起こるからである。
このように,現在の世界のデジタルプラットフォームは,ほぼアメリカの企業が主導的に構築してきた。インターネットも,アメリカの軍のシステムの民間移転である。本来なら,これで世界制覇しているはずなのだが,ある意味勝手に日本語や中国語などの2バイト圏の国がシステムを利用してしまっている。現在の筆者も,MicrosoftのOSの上でインターネットを日本語で便利に使わせていただいている。
ところが,おそらく中国はこれを良しと思っていない。中国内ではgoogle検索ではなくBaidu(百度)が主力だったりする。ほかにも,クルマの自動運転システムでは,googleに対抗して百度がシステムを開発している。宇宙ステーションも独自で構築しようとしているし,翻訳システムやAIシステムも,独自に戦略を持っていることが想像される。
日本が,戦後の復興をアメリカの庇護のもとで実現したことで,アメリカに対しては絶対的な信頼を置いているのだが,今やいつのまにか中国がアメリカに対抗できるだけの力を発揮し続けている。人口,国土面積,地下資源,製品開発力,軍事力などを見ても,アメリカとロシアというこれまでの1バイト圏の争いとは別次元の参入のように見えるのである。
中国からすれば,アメリカは新興国である。文化資産の厚みもまったく違う。アメリカの行動がすべて自国の内政干渉に見えても仕方がないのではないか。「自分たちの方が今や世界一だ」と思っているのではないか。そして実際に,それだけの実力をいつの間にか持ってしまっているように見える。
おそらくアメリカは,英語という1バイト言語が世界標準になっていることで,英語を話す国が世界の中心だ,という意識が高すぎるのだと思える。ヨーロッパ各国も,国際会議の場では英語を使うことが求められる。日本も韓国も台湾もこれに従ってきた。英語教育は,世界への架け橋であり,ビジネス交渉で不可欠と考えられているからである。もちろん中国も,欧米の先端技術を取り入れるために多くの人が英語を学び,欧米へ留学し,その技術を持ち帰って国を発展させてきた。
しかし,中国もロシアもインドも,能力のあるものを引き上げる仕組みを持っている。世界一を目指すためにスポーツの世界でも教育の世界でも,徹底的な天才教育,特別教育,特別待遇などの仕組みを持っている。そして,国策として欧米の技術を“盗む”戦略を取り,それを国内に蓄積してきている。
いまや,ロケットも半導体もAIも何でも,中国は自前で作ることができる。新型コロナウイルスのワクチンも独自で作ってしまった。エネルギーも食糧資源も地下資源もある。海外に輸出して外貨を稼げる製品は,EV車も何でもある。コピー商品をばらまいて金儲けをするのは,かつては国家戦略だったが,今は国にとっては取り締まりの対象である。そんな姑息な手段を使わなくても,“中国 as No.1”は実現できているからである。
一方で,アメリカの国力の衰えも顕著に見えてきた。ベトナム戦争以降,中東戦争など,世界中への派兵にことごとく失敗して大きな犠牲を受けている。ウクライナ紛争で直接手を出さないのも,NATOの取り決めというのをいいことに派兵してボロを出すのを恐れているからに他ならないと思う。実際,武器以外の提供をすることは,今後もないと思える。同じタイミングで,中国が台湾を囲むエリアで軍事演習したことに対しても,具体的な行動はしなかった。もはや,中国に対する威嚇が通用しないと判断しているからだろう。中国もそれを煽る形で軍事演習を2日間延長して行った。
ウクライナ紛争は,ロシアのプーチン大統領の勇み足だった。クリミア併合と同様に,簡単に陥落するだろうという読みがあり,思わぬ反撃と,ドローンなどの新しい使い方によって予定が大幅に狂ってしまった。NATOと直接対決するとアメリカが参入し,さすがに問題が大きくなりすぎる。実は,中国がロシアに味方することを待ち望んでいるのではないだろうか。
ウクライナに対して,中国からの距離は4000キロ以上離れており,陸上部隊を供給するにはムリがある。しかし,ミサイルでの援護は可能なように思える。
これまでの世界秩序は,1バイト圏の欧米国が構築したプラットフォーム上に成り立っている。国際連合もしかり,二酸化炭素排出制限を進めるCOP25も国連の枠組みの中である。ロシアと中国が常任理事国に入っているために,拒否権を使って結局何も決まらないということになってしまっている。
今回のウクライナ紛争をきっかけに,ロシアは国連を脱退するのではないか,そして中国も脱退するのではないか,と懸念する。どうせ西側諸国と対立することは自明だからである。そして,ロシア,中国,インドを中心としたユーラシア連合ができるのではないか。
そうなったとき,日本は西側に留まった方がいいのか,それとも同じユーラシア連合に与するという選択肢も出てくるのではないか。
ただ,かつて日本に支配された,侵略されたと思っている中国やロシアが,すんなり受け入れるとも考えにくい。逆に日本人の多くは,中国を受け入れることができないかもしれない。
そして事態が,欧米(アメリカ+EU)対ユーラシア(ロシア,中国,インド)という世界を半分に分けてしまい,さらに情報戦(メタバース)にテロ組織が絡んでくるという最悪のシナリオも見えないわけではない。
やはり,習近平が立ち上がってプーチンにウクライナ侵攻を止めさせ,一時的にでも世界の世論を味方に付けるのがいいのではないかと思われる。ただし,中国がこれまでのような姑息な手の内を見せてしまっては,元も子もない。アメリカがウクライナ紛争に手を出せない今が,中国が世界の覇者になる絶好のチャンスでもある。もはや日本に出る幕はない。