jeyseni's diary

「ジェイセニ」と呼んでください。批判ではなく提案をするのが生き甲斐です。

スポーツ解説者はなぜ断定するのか--「あいまい」具合を医者,経済,天気解説者に学んでは

昔,筆者の父親はプロ野球中継を見るのが好きで,嫌でも試合の解説が聞こえて来ていた。たぶんその頃から感じていたのが,野球解説者がものすごく断定的に話をすることだった。

 ほとんどすべてのプロ野球解説者は,元プロ野球選手であり,さらに元プロ野球監督や元プロ野球コーチだった。自分たちが選手時代に感じていたこと,それを指導で活かしてきたことが,解説の基本にあることは明らかである。したがって,次の1球を予測したりする。予測が外れると「うまいですねぇ」とか言ってはぐらかす。自信を持って打ち取る場面で逆にホームランを打たれたりすると,「よく身体が動きましたね」とか言って称賛したりする。結果で解説するなら,それは素人とあまり違いはないのではないか,といつも思っていた。

 現在進行系のサッカーワールドカップでも,番狂わせが相次いでいるようである。大事な場面で,審判によるミス判定がこれまでも物議を呼んできた。ビデオ判定は当たり前になってきたが,今回の大会ではその判定にAIが導入されたのも話題になった。日本がスペインに逆転の追加点を挙げた場面では,ラインの外にボールが出たかどうかの判定でもたついた。最後はボール1mmがラインにかかっていたとして得点が認められ,日本の勝ちとなった。とは言っても,映像も100%確実とは言えないし,ましてAIの判断も絶対とは言えない。まさにこれも,今後の場面の積み重ねで精度を上げていくことになるのだろうが,果たして次の大会までに同じ基準なのかどうかはあやしい。ルールの改訂がないとも限らないし,判定する人も変わってくるからである。

 それにしても,スポーツ解説者はあまりにも断定した口調で語る人が多いように思う。自分の経験がベースになっているので自信があるからだろう。医療ドラマで言えば「私,失敗しないので」的な断定である。ドラマはそれで済むが,実際の医療現場ではどんな不測の事態が起きても不思議ではない。ただ,医療ミスが起きる危険性はあり,またミスがなくても処置が成功しないことも多い。医者の場合,「手は尽くしましたが・・・」で逃げてしまうことも多く,責任感があるのかどうか疑問な場合も少なくない。

 これが経済予測や天気予報に至っては,おそらくプラスにもなればマイナスにもなる,というのが正しい予測であり,経済評論家でなくても素人の予測との差異はそれほど多くない。天気予報に至っては,「降水確率0%」は10%未満ということであり,雨が絶対に降らないということではない,と説明される。数字を出さない方が罪がないようにも思える。「晴れのち曇り,ところによりにわか雨」という予測があった場合,それは予報なのか,と言いたくもなる。

 ただし,経済の場合は実際に裏取引の世界が存在するので,その世界に通じている人は正しい予測が出せる。ただ,この予測を公開することはなく,すべて自分のカネを増やすことに費やされる。世の中にはそういう世界もある。自然相手の天気予報は,誰も結局は予測できない。そしてスポーツの場合は,どこかで八百長取引があるのではないか,という疑いが残る。メンバーの入れ替え,レイアウト,作戦,そして個別のプレーの段階で,人が絡んでくる。ボールが外に出た,と相手が判断した瞬間に,試合への緊張が緩み,そこにつけ込んで逆転する状況が生まれることは多いに考えられる。

 判定は一瞬の出来事であり,それによっても結果は決まってくる。あとで順位が変わるのは,ドーピング検査の結果があとから出てくる場合のみになる。

 勝った試合は,延々と解説が続けられ,負けた試合はほとんど解説されない。日本人が出場する試合は放映されるが,仮に優勝しなくてもその演技は報道され,順位も伝えられるが,ではそのときに優勝した人は誰で,その人の演技はどうだった,という報道はほとんど行われない。別に,日本人選手の活躍だけでなく,スポーツそのものを楽しむべきではないのだろうか。自分が選手だった解説者は,自分の国のことばかり考えてしまうから,自国贔屓の解説になってしまう。残念ながら非常に偏った情報に聞こえてしまうのである。

 今回のワールドカップは報道権料金が350億円と膨れ上がり,NHK民法も買わなかった。Abemaが投資したために,全試合を日本で見ることができた。それにかこつけて延々と解説を流すのが大事なことなのだろうか。

 今も続くウクライナ侵攻,新型コロナウイルス,そして経済の混乱など,必要な情報は山ほどある。やるべきことは山のようにある。もっと冷静な報道と,冷静な解説者,冷静なMCが必要と考える。それが報道だと思うのである。