jeyseni's diary

「ジェイセニ」と呼んでください。批判ではなく提案をするのが生き甲斐です。

一線を超えたApple Vision--「現実」が“現虚”になってしまうのか

Appleが発表したMRゴーグル「Apple Vision Pro」を体験したメディア関係者のコメントが各所にアップされている。MR(Mixed Reality)という現実空間と仮想空間を併せ持つ世界を作り出す概念と筆者は理解しているので,AppleがMRとかVR(仮想現実)とかAI(人工知能)という言葉を一切使わず,あえて「空間コンピュータ(Spatial Computer)」という言葉を使った理由はそれなりに理解できる。言葉の力は強いので,Appleとしては「メタバース」も使いたくなかっただろう。

 筆者が問題提起したいのは,Vision Proが見せている「現実」がカメラを通して写された眼の前の映像である点である。いわば,「現実」ではなく“現虚”である。

 そもそも,テレビは人間にとっての最初の“現虚”である。もっとも,音声の“現虚”は電話(Telephone)だが,映像はTelevisionが最初だろう。最初はモノクロ(白黒)テレビだったものがカラーテレビになり,さらにハイビジョン,4K8Kと画素数が増えた。画面寸法も,14型ぐらいから始まって,液晶テレビで平面テレビが実現し,一般家庭でも40型,50型,そして60型あたりも購入されるようになった。テレビに映る人物の大きさが実際の人とほぼ同じになったあたりで,ドキッとすることも多くなった。映像のキメも細かくなり,またハイビジョンに対応して出演者も毛穴まで見えると言われ,化粧に工夫をする必要も出てきたようだ。

 そのテレビの1つの進化として「3D(立体)」テレビが開発されたが,普及しなかった。立体視するためにメガネを着ける必要があり,一般家庭で買える値段で提供された仕組みでは中途半端であり,没入感が得られなかったからである。放送側も,2倍の信号を撮影して送信するための仕組みを実現できなかった。テレビという枠の中だけの3D空間に違和感があったことも原因だろう。

 Apple Vision Proが提供した空間は,自分の眼の前の映像を立体視で再現している。片目に8Kという画素数を提供し,超高速の映像処理によって頭の動きとのタイムラグがほとんどない設計にしていることで,眼の前の「現実」がほぼ現実に見える没入感を実現しているという。

 話がデジカメにそれるがお許し願いたい。さて,筆者がこれまで買ってきたデジカメは,「光学ファインダー」にこだわってきた。現在の主流である一眼ミラーレスデジカメが,撮像素子に写った映像を液晶パネルで表示する「ビューファインダー」方式なのだが,初期のビューファインダーが現実の動きに対してタイムラグがあったことにガマンができなかったからである。今はタイムラグはほとんどなくなっていると思われるが,光学ファインダーの見せる「現実」の瞬間にこだわりたかったからである。

 MRで現実を現実として映しているのがARメガネだろう。筆者も期待している分野である(メガネ型ディスプレイへの期待 - jeyseni's diary (hatenablog.com) 2021/7/16)。メガネのレンズを通じて現実の世界はそのままに,PC画面などの映像を重ねて表示する。現実は現実として見えるので違和感はない。その後,Nreal Air(XREAL Airに名称変更)が5万円前後で市場を徐々に拡大している。ただ,メガネをずっと掛ける必要があるのが,まだ気になっているところである。

 一方,Apple Vision Proは現実も映像化するビューファインダー方式を高度にチューニングしたものと思われる。眼の前の現実は“現虚”だが,これに重ねる映像は意外にも空間に浮かんだ平面ディスプレイのイメージではないかと思われる。したがってかなり自然なイメージに見えると思われる。

 ただ,この“現虚”をどこまで人間が受け入れられるかが問題だと考える。さらに,この空間の中に対話相手の“リアル”な3Dの顔(頭,身体)のイメージが立体表示されたときに,本当にこの相手が正しい人物なのか,虚偽の人物なのか,の保証ができなくなってしまう。

 すでに,ネット上にはフェイク画像,フェイク映像でニセの情報を流す動きが出てきているし,AIで合成した仮想の女性の写真集まで発売されるようになっている。オレオレ詐欺が,音声のなりすましだけで心理的に簡単に相手を騙してしまえるのに加え,オレオレ映像詐欺まで起きてしまう可能性を否定できない。写真加工ソフトに“行き過ぎ”感--これはもう写「真」ではない - jeyseni's diary (hatenablog.com) 2023/3/30。

 人の存在情報も,NFT(非代替性トークン)で管理するなど,次の方法を考えなければ,自分のアイデンティティを保証できなくなる。

 考えてみれば,マイナンバーカードのICチップ情報にしても,今後,フェイク化される可能性を否定できない。カード表面に印刷された数字もQRコードも写真も,すべて偽造される可能性が否定できなくなってくる。

 Apple Vision Proは,映像の一線を超えてしまった。早急に,人のID(アイデンティティ)を保証する方法を併せて提供しなければ,これは核兵器よりも,AIよりも,もっと深刻な「人類破壊」につながりかねない。