jeyseni's diary

「ジェイセニ」と呼んでください。批判ではなく提案をするのが生き甲斐です。

ボーイスカウト時代を懐かしむ--奉仕,人助け,自然との共存が当たり前だった時代

筆者の少年時代のボーイスカウト生活のことを書いてみたいと思う。おそらく,現在のボーイスカウトと,筆者の属していたボーイスカウトは,相当変わっていると思う。
 もうかれこれ50年も前の話になる。筆者の住んでいた地域は,すぐ後ろに1000m未満の山地があり,歩いて30分も登れば山道に入った。そんな自然が近くにある地域だった。
 ボーイスカウト活動は,毎週末に集会場で集まって,学校では習わないようなさまざまなテーマで知識やノウハウを身に着けていく。手旗信号,モールス信号などの通信手段,ロープ結び,野生の鳥や動物の鳴き声や足跡から見分ける方法,雲の種類から天気予報したり,方位磁石を使わずに南北を知る方法,救急処置の方法などを教えてもらい,また後輩に伝えていく。
 年に数回,ハイキングやキャンプに行き,これらの実践活動をする。テントの張り方,雨のときに水が流れ込まないようにする工夫,樹の切り方,火の起こし方,トイレの設置と衛生的な管理・処置,飯盒でのご飯炊き,調理なども実践活動である。
 国内外で災害があれば,赤十字社に協力して募金活動をする。早朝の通学前や,土日に駅前で募金箱に募金を呼び掛ける。赤い羽根,緑の羽根の募金も協力した。
 普段の集会の中では,近所の清掃活動もした。また年末には,拍子木を持って「火の用心」で町内を回ったりした。
 現代風に言えば,「緊急時のサバイバルの知識」と「ボランティア活動」がキーワード的には当たるが,基本的に「自分で考えて行動し,社会に奉仕・貢献する」という意味で,言葉のニュアンスが少し違うように思う。昨今のワードは,自分をアピールするためのソロキャンプをイメージしたり,ボランティア活動をヒーロー化する傾向があるが,ボーイスカウト活動は,自発的で代償を求めないところが違うと思うのである。
 しかし,当時から都会のスカウト活動との違いに違和感を覚えていた。歩いてすぐに山に入れる環境ではなく,薪を購入して電車に乗ってキャンプに行く,と聞いて,自然との関わりが薄いのかなと思ったものである。伝統的なツバの大きなハットではなく,おしゃれなベレー帽を被っていたのも気になった。たしかに,カーキ色の制服は軍隊をイメージすると言われていたことは確かで,子供心に抵抗がなかったわけでもないが,やはり身が引き締まる思いだったと記憶しているし,仲間と過ごす時間は楽しかった。
 このブログで,ボーイスカウトでの経験ことをすでに9回も書いていた。本家アメリカで,ボーイスカウトの一部で不正が行われていたこともあり,今の時代に合わなくなってきているのかもしれないと思うようになっている。
 今朝は,出社前に台所の食器洗いとゴミ出しをした。家の中が美しくなることは喜びであり,別に家族で役割分担して行動しているわけでもなく,自然に身体が動いている。これこそ,奉仕の精神の一部だと思うのである。そういう心になっている自分を振り返り,子供の頃にボーイスカウト活動に参加させた両親に感謝している。
 自分の子供たちにも参加させることを考えたことはあるが,東京近郊でのスカウト活動の違和感が払しょくできなかった。まあ,親として行動で見本を見せているという自信があり,その姿を見続けてきたことで自然と伝わったところはあると思っている。
 2000年以降の日本に,筆者の経験したような奉仕や自然への尊敬といった精神を子供たちに伝える当時のボーイスカウト活動のような仕組みがあるかといえば,「ノー」と言わざるをえない。また,ボーイスカウト活動そのものも,韓国で行われたジャンボリー世界大会の信じられないような運営の不備や参加者の意識の低さを見る限り,ボーイスカウト活動ももはや支持も推奨もできない。
 年長者を敬う気持ちも超高齢化社会で限界があり,逆に犯罪のターゲットにまでされている。自然保護も言葉だけで,人間の都合のいい開発ばかり進められている。一方で,戦争はなくならず,宗教紛争も収まらない。宗教という名の商売が大手を振って歩いている。品格のお手本であるはずの王朝や天皇家すら,空中分解しそうな状況である。
 本当に,自分1世代だけ,自分だけの利益追求しか考えない人ばかりになってしまった。