メガネ型ディスプレイへの期待 - jeyseni's diary (hatenablog.com)(2021/7/16)というブログを書いたのは2年半前のことである。このときは,狭い部屋で大画面でPCを表示できないかとか,寝ながら画面を見られないか,といったシンプルな理由が先立った。
その後,現実世界にデジタル画面を組み合わせるAR(拡張現実)での使い方に興味を持った。メガネに取り付けたカメラで現実世界を捉え,ビル名を表示したり,相手の名前を表示したりと,近未来的な使い方ができるからである。
筆者のブログの中で結構よく読んでいただいているのが,ありそうでなかった「スマホでQRコードを読んでPCで開く」アプリ【追記】 - jeyseni's diary (hatenablog.com) (2022/5/25)だが,メガネ型ディスプレイで同じことを実現することができる。メガネ型ディスプレイだと,PCで開く前にメガネ上で情報を即座に見ることができる。
このような世界がぐっと近づいたなと思ったのは,Apple Vision Proの発表だった(一線を超えたApple Vision--「現実」が“現虚”になってしまうのか - jeyseni's diary (hatenablog.com) 2023/6/17)。メガネを単にディスプレイとしてではなく,自分がその3D空間の中に入り込んだ形で現実とデジタルを一体化しようという試みである。いよいよ2024/2/2から販売を始めるという。価格は3499ドル(約50万円)である。
2024/1/9から1/12までラスベガスで開かれたCES2024では,主要テーマ「AI」「モビリティー」と事前に喧伝されていたが,筆者の目にはこのARメガネが花盛り,という印象を受けた。機能的にはAIもEVももはやある程度予想のつく技術なのに対して,ウェラブル機器には,技術や性能以外に,装着性,デザイン性,未来性,といった直感的な世界が存在する。開発者の思い入れが如実に伝わってくる。
Apple Vision Proの発表がやはり基準となっており,片目で4Kの有機ELパネルを搭載というところがスタートである。
このApple Vision Proそっくりさんも登場したし,先行しているサングラス型でも高画素化モデルが発表された。さらにサングラスではなく,通常のメガネのような透明ガラスの内部に情報を映し出すモデルも登場した。
Apple Vision Proでは,ゴーグルの外側に装着者の目のイメージを映し,相手が視線を合わせやすいようにしたギミックが組み込まれていたが,同様の工夫をしたモデルも発表された。
メガネ,ゴーグルという最も相手の視線に届く機器だけに,各社が工夫をしているのが見受けられた。
かつて,このメガネ型ディスプレイでセンセーショナルな発表が行われたのは,google glass(2013年発売)だった。ものすごく期待したのだが,プロジェクトは立ち消えになった。業務用のメガネ型ディスプレイはその後も実際の現場で使われているが,まだ特殊な使われ方という範疇から抜け出ていない。
ARメガネ,ARゴーグルとも,パネル技術の中心が有機EL(OLED)になった。供給のメインは韓国だろうが,中国も大々的に投資している。液晶パネルで破れた日本は,有機ELパネルでも挽回できなくなったが,ARメガネの部品供給でも太刀打ちできないのかもしれない。
ただ,筆者としては身に着けて外を歩いても恥ずかしくないARメガネ,ARゴーグルは,まだ登場していないと思っている。現在,提示されているスタイルとは違うオシャレな方法があるのではないだろうか。そこを追及してもらいたいのである。
そういう意味では,アメリカのスタートアップ企業Humaneが発表したウェアラブルデバイス「AI Pin」は,コンセプト的にはすごく気に入っている。服に取り付け,音声だけで操作し,表示は手のひらや机の上に投射するというものである。使い勝手や機能をどこまで訴求できるか,またそれに納得した値付けができるかなど,問題点は多く指摘されている。
しかし,かつて筆者は,「画面を空間上に投射するパソコン」のコンセプトを抱いたことがあった。通勤電車の中で,膝の上に置いたノートパソコンの画面が見づらく,また満員になるとディスプレイを広げることもできなくなるからである。キーボードは膝の上でタッチタイピングでもできるが,画面が見えないのは困る。そこで,車内が空いているときは反対側の壁に投射,混んできたら自分の顔の直前に置いた透明スクリーンに投射するイメージを考えていた。ARメガネではこれが可能なので多いに期待しているのだが,ディスプレイなし,というコンセプトは非常に面白いと思っているのである。
そういえば,かつて2画面ノートPCのコンセプトを提案したこともあった。今でいう折りたたみタブレットみたいなものである。液晶パネルがまだ高価だった時代なので,それを2枚も搭載するなどとんでもないと一蹴されたが,今では可能になってしまった(ただ,筆者はスマホに10万~25万もお金を使う気はまったくない)。
新しいコンセプト製品が日本から発表されなくなって久しい。おそらく,高品質の製品を安く作る,というかつてのお家芸だったモノづくりは,日本ではできなくなってしまっているだろう。あと残されているのは,「ドラえもん」コンセプトの本当に人に寄り添ったロボット開発だけかな,と思われる。ただし,その頭脳も動作機構も素材もインタフェースも,あらゆる意味でまったく新規で取り組む必要がある。その1つでも欠けると「不気味の谷」に落ちてしまって抜け出すことができないからである(ヒューマノイドがその典型例)。