体操競技において,着地の正確さが注目されるようになったのは,内村航平さんの着地の見事さ以降だったような気がする。2024年現在のエースである橋本大輝選手も,その着地の正確さが大きな割合を持ち,世界一の選手と評価されている。筆者にとっては,1964年東京オリンピックで活躍した遠藤幸雄選手の着地の美しさが今でも頭に残っている。
体操の着地の正確さによる減点は,最大-1.0点だそうだ。1歩前に動いたら-0.1,2歩なら-0.2と減点される。お尻を着いたりしたら-1.0の減点になる。
この基準からすれば,JAXAが開発した日本初の月着陸機「SLIM」の着地は,-1.0の最大減点である。お尻を着くどころか,頭から床に突っ込んでそのまま気絶してしまったと言ってもいい。
この態勢で太陽電池パネルが機能しないのは,単にパネルの向きが悪いだけなのか,それとも着陸の衝撃でパネルや回路が破壊されたのか,今のところ判明していない。
月面におけるSLIMに対する太陽の光の当たる向きが悪いともされており,電源もいったんOFFにしてバッテリーの消耗を防ぎ,太陽電池パネルによる発電が生き返るタイミングを待っている状態という。たしかに頭を突っ込んだ状態とはいえ,何らかのタイミングで正常な態勢に戻るという可能性もないとは言えない。しかし逆に,カメのように背中側に倒れてしまう可能性も否定できず,こうなったら太陽電池はまったく発電できなくなってしまう。
着陸にあたって,減速するためのエンジン2基のうち1基が故障して噴射できず,姿勢を保てなかったのが原因のようである。減速用のエンジンなら,下手に使用するとまさに裏返ったカメの子状態になってしまうだろう。
「月面着陸に成功,世界で5番目の快挙」と発表された後,太陽電池が機能していないことで,「60%の成功」と会見があった。失敗は失敗と認めよ--大手もベンチャーも日本のモノづくりの限界,そして日本の企業家の限界ではないのか - jeyseni's diary (hatenablog.com) (2023/4/26)でも書いたが,このispaceという民間着陸船の着陸失敗も,結局失敗という報道はなかったように思う。SLIMの着陸についても,「修復の可能性を鋭意追及しているが,現時点では失敗に限りなく近い」といった発表をすべきだと思うのである。
航空機では,エンジン2基のうち片方が壊れてももう1基だけで何とか飛行が可能なように設計されている。パイロットも緊急時を想定した操縦訓練をしている。SLIMでは,エンジンが故障するという想定をしていなかったのだろうか。今回の着陸は,これまでの着陸船が逆噴射を継続して軟着陸する方法に比べて,クッションのある脚で着陸のショックを吸収した後,態勢を水平にしてもう1脚を着地するという独自の方法が採られたのだが,バックアップエンジンもなく,またエンジン1基でのシミュレーションもなく,実機での故障によって設計どおりの着地ができなかった。ispaceのように粉々に破壊されなかったとはいえ,やはり「着陸失敗」と言うべきだと思う。
戦後,日本のクルマが世界で受け入れられたのは,故障の少なさに一因がある。製造の自動化による誤差を抑え,不良部品を作らない品質管理,そしてフェイルセーフと呼ばれる二重,三重の安全設計が徹底された。何か不具合が起きた場合は,減速して安全に停止するような設計がされていたのである。
しかし,すべてが電子化している現在,電子回路でのフェイルセーフ設計は実に貧弱である。しかも,機械加工技術も組み立て技術も,日本ではどんどん衰退している。せめて電子回路のフェイルセーフはきちんとしておくべきなのだが,その半導体すら自前で製造できない。まして宇宙空間という過酷な環境での信頼性を確保できるのか,疑問すら沸いてくる。万全の設計をしたとは思えず,研究費も十分でない中で倹約しすぎたのではないのだろうか。
宇宙ビジネスに取り組む価値は,日本にはもうないと以前にも書いた(H3ロケットの打ち上げ失敗--日本は航空宇宙ビジネスから撤退すべき段階 - jeyseni's diary (hatenablog.com) 2023/2/17)。航空機も作ることができない日本に,今さら自前で宇宙を開拓するのは無理だろう。
かつて,野党連合政権の際に,国産スーパーコンピュータへの投資がムダだとして「2位じゃダメなんですか」という発言があった。その後,「富岳」が誕生し,新型コロナウイルスのクシャミ飛散パターンの解析といった何だか説得力のない利用しか表には出てきていないが,裏ではきちんとシミュレーションに使われているものと信じている。
しかし,H3ロケットの失敗も含めて,宇宙開発事業は正直言って何の役にも立たない。地球温暖化という目前の危機に対して,小惑星の石の分析,月や火星の水資源探査などはるか遠い将来の可能性の研究などまったくのムダである。アメリカやロシア,中国がもし月に移住するのだとしたら,それで結構ではないか。何も日本まで地球を離脱する必要はまったくなく,むしろ地球を救うことが先決だと思うのである。
宇宙ステーションISSで微重力下での材料開発を研究するという試みも,現時点でほとんど成果を出していない。長い宇宙旅行をするには,運動を続けなければならないことぐらいしか証明できていないようにも思える。さまざまな研究目的があったが,結果として中国が対抗して自前の宇宙ステーションを打ち上げ,軍事目的での利用が促進されている。北朝鮮まで軍事偵察衛星の打ち上げに成功してしまった。何千個もの通信衛星を打ち上げたStarLinkも,今後,地上落下衛星を増やしただけに終わる可能性もある。
本当にこの辺りで人類全体が,世界中の技術開発の方針を変更しなければ,自滅する。H3ロケットの失敗も,SLIMの失敗も,「失敗」と認め,「開発中止」を宣言し,開発予算を国に返上すべきだと思う。そのお金を,今なお続く東日本大震災の復興と能登半島地震の復旧,そして将来起こるであろう関東直下型地震と南海トラフ地震,そして北朝鮮のミサイルへの対応など,使うべきところに予算を回すべきときが来たと思うのである。
自民党の崩壊を含め,この2024年1月にすべての膿(ウミ)が出てきた。これを主張できる人物の登場に期待したい。今の野党では無理だろうが。