jeyseni's diary

「ジェイセニ」と呼んでください。

最後の切り札は「宇宙服」

地球上の空気が,どんどん汚染されている。これまでは,公害と呼ばれる硫黄酸化物SOx)や窒素酸化物(NOx)や不完全燃焼による一酸化炭素(CO)など,工場や発電所の燃焼ガスやクルマの排気ガスが,大気汚染の元凶と言われていた。また,溶剤や塗料から発生する揮発性有機化合物(VOC)が,化学物質アレルギーを起こすと言われてきた。また,ディーゼルエンジンの排気の中にある炭素微粒子に発がん性の疑いが出て問題になった。

 近年はPM2.5という大気中に浮遊している直径2.5μm以下のきわめて小さな粒子(微小粒子状物質)が問題になってきた。成分は炭素,硝酸塩,硫酸塩,ケイ素,ナトリウム,アルミニウムなどさまざまで,肺の奥にまで入り込んで,がんの原因になったりしている。

 これに加えて,2011年3月11日の東日本大震災に伴う東京電力福島第一原子力発電所の水素爆発とメルトダウンによる放射性物質セシウムも大量に大気中に放出された。

 東日本大震災当時,筆者は個人事業主として某出版社から仕事を受託し,自宅で仕事をしていた。東京都内の同社オフィスでは棚が倒れたり机上からパソコンが落ちたりした。公共交通機関が止まり,自宅まで8時間かけて歩いて帰った人もいたという。筆者は埼玉県内におり,被害が出るほどの揺れを免れた。しかし,福島原発の事故による放射性物質が,風に乗って関東地方に流れてくるという情報に恐怖を覚えた。親戚からは,換気扇を塞ごうとか,わかめや昆布のヨウ素が汚染に効くなどと言われ,じたばたしたものである。

 以前から,偏西風に乗って中国の黄河周辺の砂が黄砂となって日本に飛んでくることが知られていた。この黄砂に細菌やウイルスがくっついて飛んでくる,という話もあった。日本のPM2.5の上昇に,中国からの偏西風に乗ったPM2.5が加わっている,という話もある。近年の日本のゲリラ豪雨や線状降水帯を伴う豪雨は,筆者は中国からの汚染物質の流入によるものと考えている。さらに言うと,日本のちょうど延長線上にある上海辺りで意図的に雨の核になる物質を放出しているのではないかと筆者は疑っているのである。

 産業革命以来,地球の大気は急速に汚染されている。南極の雪にも,ディーゼルエンジンのものと見られる炭素粒(スス)が見つかっている。空気は数時間で地球を一周する。世界中どこに行っても,汚染された空気に接していると言える。

 1995年3月20日,東京の地下鉄でオウム真理教による地下鉄サリン事件が発生した。対応に当たった警察や消防,自衛隊の姿は,防毒服に防毒マスクというものだった。

 東日本大震災時の福島第一原発の事故は,筆者にこの地下鉄サリン事件を思い出させた。家にいても外出しても,放射性物質を吸い込むことになるという危機感を持った。正直,この防毒マスクを購入することを真剣に考えた。

 それから9年しか経たないうちに2020年に発生した新型コロナウイルス禍。今日2021年1月7日現在,世界中の感染確認者は8500万人超,死者は186万人を超えた。ウイルスは大気汚染と違って空中を常時高密度で漂っているわけではなく,ウイルスに感染した人が移動しながらウイルスを含む飛沫を咳やくしゃみ,通常の会話などによって空中に撒き散らし,マイクロ飛沫となって密度は高くなくても空中を漂い,さらに机やドアノブなどに付着して長時間感染力を持ち続ける。人がそこにいれば,新型コロナウイルスの感染拡大の危険性がそこにある,ということになる。

 テレワークやリモート授業など,人と接しない生き方が推奨され,人に近づく場合もソーシャルディスタンシングが求められる。マスクの着用がほぼ義務化された。パーティション設置も飲食店を中心にほぼ完全に実施されている。

 2021年1月7日,ついに2回目の非常事態宣言が,東京,埼玉,神奈川,千葉に出された。日本は,法律や行政によるロックダウンができないことと,経済を動かすことも並行して実施するという原則により,人の移動を制限しない。マスク着用,換気,アルコール消毒などを引き続き実施するにしても,正直言って人と行き来がある空間において感染を完全に防止することはできない。

 人との行き来のある空間に身を置くことをやめられないのであれば,ウイルスを含む飛沫を吸い込む可能性をマスクではゼロにはできない。また飛沫が飛び交っているのなら,それを吸い込まなくても,髪の毛や顔,衣服,スマートホンなどにウイルスは付着する。そのまま家に帰れば,シャワーを浴びたとしても,その前に家の中のどこかにウイルスは付着し,これによって家内感染を引き起こす可能性が否定できない。

 したがって,今回の新型コロナウイルス禍を家に持ち込まないためには,まず外気を吸い込まないことと,外の空気に触れる衣服や肌などを完全に隔離することが必要になる。当然,家に入る前に全身を水やせっけん(界面活性剤)で流す必要がある。防毒マスクでは,後者の身体に付着するウイルスの持ち込みに対応できない。

 そこで最後の提案は,宇宙服の着用である。酸素の供給は酸素ボンベからである。外出中,ヘルメットのシールドを開くことはできない。宇宙空間ではないので,会話はマイクとスピーカーで可能である。握手もハグもできる。キスはできないが。

 帰宅して家に入る前に,全身を水とせっけんで洗い流す。宇宙服は完全防水なので,身体が濡れることはないし,冷たい水でも問題なく浴びることができる。家の中で脱げば,あとは普通にくつろぐことができる。

 宇宙空間と違って真空ではないし,宇宙線の影響もないので,今の宇宙服ほどごつい必要なないだろう。ただし,飲食をしたり排泄したりする部分の工夫は必要だろう。

 現在,それに近い恰好をするのは,オートバイに乗るときである。転倒した際の怪我を最小限に抑えるために,ヘルメットの着用のほか,革ジャンの着用,ブーツの着用などをしている。出発前の準備は,意外に面倒だが,それでも命には代えられない,という思いで,きちんとしたものを着用する(のが普通の神経だが,相変わらずヤンチャなヘルメットや軽装での乗車も多く見かける)。同じように,外出時にはプチ宇宙服に着替えて出かけるという恰好である。

 地球温暖化も歯止めが利かない。2050年のカーボンニュートラルなどと宣言したが,それこそ2020年には実現していなければならなかった目標であり,結局は「政治家の守らない公約」になるだろう。南極や北極海の氷や氷山,そして氷河もすべて溶けてなくなり,海水面は10m上がって大きな被害が出るだろう。環境汚染もさらに進み,人間がハダカで外に出ることができなくなっているかもしれない。オゾン層の破壊も進み,紫外線や宇宙線に暴露されるかもしれない。

 こうなったら本当に宇宙服の登場である。そのとき,万人のための酸素はどう供給するのか,食料は生産できているのか,ほかの生き物たち(食料となる生き物も含む)は生き残れているのだろうか,心配の種は尽きない。しかも,エネルギーは確保できず,したがって今ブームの宇宙開発(月や火星への移住)なんていうのも,本当に数十人程度しか実現しないのではないだろうか。全員の移住など,まったく絵空事である。宇宙に移住した一部の人は,本当にそこで文明を築いて,新しい地球を作ることができるのだろうか。そこに行くのが,世界中の富豪(日本のM氏も含む)だとして,とても現地で仕事をするとは思えない。最も不適格で適応性のない人材が,月や火星に移住することになるように思う。

 現在,医療関係者のための防護服が足りないという。一日の業務を終えると,防護服を脱いで,そして廃棄するからだという。汗でべたべたになり,外側に付いたウイルスを完全に拭き取ることができず,廃棄しかないという。それなら,宇宙服だと空調が効き,完全防護ができ,しかも業務後に服を着用した状態でシャワーとせっけんでの完全洗浄を行えば,翌日も何日でも使える。ビニールのへらへらした防護服より安全であり,その安心感によってストレスが減り,また医療従事者の退職なども減らすことができるのではないか。

 とりあえず,完全防護服を大量生産して医療関係者に配布するとともに,設備としての自動シャワー室(クルマの自動洗浄機みたいなものでも可)を病院には設置することを提案する。

 筆者は実は数年前に「ヒューマノイドスリーピングバッグ (人型寝袋)」を購入した。一般の寝袋は封筒型だったり,サナギ型だったりと一つの袋状のため,歩くことができない。人型寝袋は,脚が2本に分かれ,足先もくるんでいる。腰のところで2ピースに分かれる。分かれたところにぐるっと一周するチャックを使って2ピースをつなげば隙間なく一体化できる。上のピースは普通のジャンパーに似ている。フードをかぶれば顔をほとんど包むことができ,手先にもチャックが付いていて本体と一体化している。つまり,寝袋に入ったまま,トイレに簡単に行くことができる,というわけである。またテントの外にいても寒くない,というメリットもある。

 夏の炎天下での作業に役立つ「空調服」は,ファンで直接外気を取り込むが,ここをきちんとフィルタリングしてウイルスの侵入を防ぐ工夫をすれば,服の中の環境は快適である。水冷式のベストで体温を下げることもできる。この辺りはすでに宇宙服の空調でも取り入れられているはずである。

 あとは,完全防水にして,使用後に全身シャワーを浴びてウイルスを落とし,普通の生活に戻る,という流れである。

 地球温暖化,環境汚染で,地球はあと100年持つのだろうか,という危機感も持つようになっている。次の次の世代は,地球上でも宇宙服,という時代になるのかもしれない。そうならないように,もっと知恵を出し合いたい。