jeyseni's diary

「ジェイセニ」と呼んでください。批判ではなく提案をするのが生き甲斐です。

結婚を再考する

秋篠宮眞子さまと小室圭氏の結婚プランが予定どおり進んでいる。盲目と打算に思える。眞子さま複雑性PTSD と診断されたことも、結婚で改善されるとも思えない。一般論としての男女の結婚について、再考してみることにした。

 眞子さまは,結婚に対して何を求めているのだろうか。現在の皇室という枠の中で,皇室であることをひたすら守っている両親や兄弟,そして叔父,叔母である天皇陛下皇后陛下,祖父,祖母である上皇陛下,上皇后天皇家にまつわる行事やしきたりなど,その一切を否定して,一般人となったあかつきの結婚生活に,何が待っているのだろう。

 いわば,シンデレラストーリーの逆を求めたことになる。これまで,結婚で皇室を出られた方は数多いが,多くは華族との結婚である。一般人との結婚で記憶に新しいのは,今の天皇陛下の妹の紀宮清子さまである。しかしこの結婚も,秋篠宮親王のご紹介という形だったようだ。眞子さまのように,学生時代の同級生という選択が,すでに皇族,華族の枠を破るものである。

 仮に筆者が皇室に招かれたとしたら,おそらくお断りするだろう。好んで枠にはめられたくはない。しかし,眞子さまや佳子さまは運命的に皇室に生まれ,親を選べないいわゆる親ガチャの典型なのだが,普通に考えればその運命を受け入れて皇室の役目を果たす,さらに皇室に問題を起こさない形で皇籍離脱をするのが,これまでの習わしだった。それを敢えて波風を立て,後足で砂をかけるようにして皇室を去ろうという決断は,正しいのだろうか,と思ってしまう。

 正直,小室氏には相変わらず疑惑がつきまとう。母親の借金問題も未解決である。さらに,人目を避けるようにニューヨークに移住するのも気に入らない。複雑性PTSDと診断されたという眞子さまを本当に幸せにできるのか,いまだに何の保証もないのである。3年半も放置され,婚姻届だけで見知らぬ世界に放り出されることで,心の病が治るとは思えない。

 第2の小室はいなかったのだろうか。映画「卒業」のように最後の最後でヒロインを連れていく白馬の王子はいないのだろうか。

 おそらく眞子さまにとってのパートナー選びは,ごく限られた期間の限られた範囲で行われ,そこにはまり込んでいるのだと思う。もっといろいろな人と出会うべきではなかったのか。

 結婚によって,救われる場合もあれば,傷つく場合もある。100%完璧な結婚生活など,おそらくありえない。価値観が合うということは,ほとんどありえず,双方が妥協し,歩み寄って初めて保たれるものである。通常の感情であっても,アレっと思う瞬間はかなりの頻度で訪れる。ある意味で心の病を持たれた眞子さまが,その小さな軋轢に耐えられるのだろうか。それをサポートできるほどの技量を小室氏が持っているのだろうか。

 子供は1つの逃げ口になる。ペットも逃げ口になる。仕事も逃げ口になる。普通の結婚生活も,そういうものである。そうした柔軟な発想を眞子さまができるかどうか,これも心配なのである。

 はっきり言えば,小室氏は母親寄りである。眞子さま寄りでは決してない。あとは,眞子さまが自分で自分の居所を作ることができるかどうかにかかっている。それができれば,素晴らしいと思うし,ここまできたら自立の道も目指してほしい。日本国民は,もうあなたを守ってはくれない。小室氏もおそらく守ってはくれない。自分で選んだ道なら,自分で切り開いていくしかないと意見させていただこう。