jeyseni's diary

「ジェイセニ」と呼んでください。批判ではなく提案をするのが生き甲斐です。

自転車の違反キップ制が検討中--手軽な乗り物がなくなってしまう

自転車の悪質走行に青切符反則金)を課そうという動きが具体的に進んでいる。一方,電動キックボードもいろいろな走行規制を課してあり,青切符の対象なのだが,違反も事故もどんどん増えている。いわばイタチごっこ状態なのだが,原因は大きく2つ考えられる。

 1つ目は,警察の取り締まり能力の低下である。個々の警察官の能力ではなく,全体としてまず,警察官が足りないのが大きな要因だと思う。

 警察官といえば筆者の子供の頃は,街の安全を守り,交通の安全を守り,市民のちょっとした問題も解決してくれる頼りになる存在だった。近所の交番は駅前にあり,電車の乗り降りの際も交番の前で立ち番をしている姿をよく見かけた。何かあったら,すぐに声をかければ助けてもらえるような気持ちがしたのを覚えている。実際,落とし物を届けたりしたときにも優しく対応してくれたし,挨拶をしかけると優しく応えてくれた。市民にとても近いところに警察があったように思う。

 しかし昨今は,警察の存在が何となく遠く感じる。交番を覗いても,パソコンの画面を見ている警察官の姿を見ることが多く,立哨している姿をほとんど見かけない。街をパトロールしている警察官もほとんど見かけない。まして,自転車や電動キックボードの取り締まりに当たっているような姿をこれまで一度も見かけたことがない。

 犯罪も複雑化し,特殊詐欺の申告も交番で受け付けるようになってしまった現在,警察の仕事も多様化し,複雑化し,そして仕事量も増えていることが予想される。犯罪が24時間いつ起きるかもわからない状況で,労働時間も厳しく,また犯罪の凶悪化に伴い,身の危険度も高くなっている。ほとんどの警察官が防弾チョッキを着用するようになっているのを見ると,世の中の変化の激しさを感じる。警察官自らが身の安全を守る必要があり,とても市民の安全までは守ってくれないような気がしてくる。

 したがって,警察官への成り手が減っている。自転車や電動キックボードの取り締まり強化などに回す人員など,おそらく足りないと思われる。

 2つ目は,違反を取り締まっても,免許を取り上げるなどのプレッシャーを与えられないため,反省せずにまた同じ違反を繰り返すことが予想される点である。

 クルマの運転手なら違反をすれば罰金に加えて免許証に点数というキズがつく。最悪,免許停止でクルマに乗れなくなるというプレッシャーもあるから,違反で捕まれば改心する人も多いことが期待され,違反の抑止力になっている(もちろん,違反を繰り返しても平気な異常者も多いが)。

 ところが,自転車や電動キックボードのような手軽な乗り物は,免許がないので,違反で捕まっても最悪でも罰金を払うだけで,また自由に乗り回すことができる。反省するプレッシャーを与えることができないから,また同じような違反や事故を繰り返し起こす可能性が高い。警察官による指導自身も,いまやあまり効果がない。まさにイタチごっこなのではないだろうか。

 前期高齢者となった筆者は,基本的には現在もクルマを運転している。荷物を持つのが嫌いなので,比較的近くのスーパーに買い物をするのでもクルマを使っている。ただ,せっかく10年前に購入した電動アシスト自転車ももったいないので,最近はスーパーの買い物,歯医者,そして選挙の期日前投票に出かけるなど,多少の距離がある場合でも1人の場合は電動アシスト自転車で出かけるようにしている。

 筆者は,この電動アシスト自転車はいい発明だと思っている。子供の頃は,毎日学校から帰ったら自転車に乗って近くの公園に行ったりしていた。距離もそれほどではなく,アップダウンも苦にはならなかった。ところが大人になると,乗ったとしても週末であり,月に数回しか乗らない。乗るときには効率から考えると少し長めの距離を走ることになるが,そうすると街中は意外にもアップダウンが多いことに気づく。ロードレーサータイプの多段変速機付きの自転車ならいいかもしれないが,ギア比を上げればスピードは落ちる。低いギア比で一生懸命ペダルを踏めるほど元気ではなくなった。

 こういう状況で,電動アシスト自転車はまことに快適である。ちょっとしたアップダウンから,かなり長めの上りでも,平地と同じスピードで走ることができる。信号で停まって走り出すときも,最初の重い段階をアシストしてくれるので,スムーズに走り始めることができる。いったん走り始めたら,アシストを切って普通の自転車のように走れる。アシストがあるから,ブレーキをかけて安全を確認したあと,また加速する,といった使い方をする場合も,苦にならない。

 この便利で手軽な「自転車」という乗り物に対して,違反キップ制が採用された場合,筆者にとっての乗り物の選択肢がどんどん減っていってしまう。クルマの免許はあと10年以内に返上することを考えているし,シニアカーは高額な割に走行が不安定で安全性に疑問がある。20歳台で乗っていたバイクもさすがにもう乗らない。バイク自身は手軽だし,電動バイクは選択肢の中にあったが,結局はしっかりしたヘルメットや皮ジャンパー,皮ズボン,皮ブーツなどを準備しなければ身の安全を図ることができないため,手軽な乗り物とは言えないからである。屋根付きの小型EVもいいかなと思うのだが,決して安くないし,スピートが自由にならないので,車道を走るのに不安がある。

 ということで,やはり手軽な自転車に乗ることになると思うのだが,現在すでに,ヘルメット着用が努力義務になっている。筆者はもちろん購入してあり,近くの買い物や医者,選挙などに出かけるときは着用している。しかし,ふと忘れるときもある。

 クルマに乗るときは,免許証の所持の確認は怠らないが,自転車でヘルメットを着け忘れたとき,「まあいいか」という気持ちがどこかで働いてしまう。努力義務ということと,取り締まりに遭ったことがないこと,そして現状で9割の自転車がノーヘルで走っていることで,「赤信号,みんなで渡れば怖くない」みたいになってしまっている。

 だいたい,筆者は運が悪いので,取り締まりがあれば引っかかるだろうことを予想して,気をつける習慣は付いている。ヘルメットを忘れても,取り締まりがないようにとヒヤヒヤしながら乗っている。

 しかし,ほとんどの自転車ドライバーにそんな意識はないだろう。それほど自由な手軽な乗り物なのである。

 法律ができて施行されても,おそらく誰も守らないし,取り締まりを強化するのも最初の1ヶ月だけ,といった状況になり,違反も事故も減らない。マジメバカだけがヒヤヒヤするだけである。

 最終的に警察官のモチベーションを上げるには,かつてのネズミ捕りのときのようなノルマ制と,ノルマ超えでの報奨金などを設けることになるのではないか。すると,真っ昼間のほとんど歩行者がいないような時間帯でのウッカリ違反が検挙の対象となったりする。するとまた,警察に対する不信感のみが膨らみ,それは警察による抑止力を削ぐ結果になるという悪循環をもたらす。

 政治家は清貧で正直であってほしいし,警察や消防,自衛隊は正義の味方であってほしい。本当に危険な運転を取り締まってほしいし,危険運転をする前にきちんと指導してほしい。そのためには人数も必要だし,もっと現場に立つ必要もあるだろう。本来は,市民が自主的に自分たちの街を守っていくべきだし,管理社会になっては困る。しかし,悪に対してあまりにも抑止が効いていないのが現在だと思う。

 自転車の新ルールに疑問(個人的な意見です)--この際,街路樹を取り除いて自転車レーンを高速/低速の2レーン分確保する案を提言 - jeyseni's diary (hatenablog.com)(2023/2/15)で提案したが,もはや歩行者と低速二輪,高速二輪,四輪を完全に分離するような道づくりをする必要があるのではないかと思うのである。

 かつて,大都市の街中を走っていた市電がなくなったのは,市電の線路内にクルマが入ることで運行が妨げられるようになったからである。衝突事故も頻繁に起きた。今,市電風の路面電車が走っているのは,道路と切り離された独立線路を持つものと地方都市だけになっている。宇都宮市で運行を始めたLRT(ライトレールトランジット)でも,クルマとの接触事故がすでに起きている。ルールを守るだけでなく,積極的な分離も必要である。スピードの異なるものを同じ面内で動かせば,衝突するのは自明の理だからである。

 自転車で,ヘルメットを着用し,信号をきちんと守って停車・発進する--という簡単な動きをストレスなく行うには,やはり電動アシスト自転車がベストだと思うのである。一方,電動キックボードのアクセルが,バイクと同じように右手でグリップをひねる方法なのが,そもそもおかしい。バイクなら免許講習でアクセルやブレーキの感触を訓練できるし,実際に坂道発進や狭路走行などで体感できるが,電動キックボードはいきなりこれまでと違う操作方法で公道を走ることになる。事故が起こらないわけがない。しかも,レンタルだと初めて乗る人も多い。危険極まりないと思うのである。同じことが,EV車やハイブリッド車のようなモーター式のクルマの発進加速の違いにも言えるし,ましてサイドブレーキが電動式になったりしていては,何か異常事態が起きたときに人の頭で対応できなくなっているのではないだろうか。

 乗り物を作る側,使う側,共存する側のそれぞれが,もう一度,社会の中での乗り物のあり方を考えるべきではないだろうか。そうすれば,まず無人運転車などありえないし,ドローンも否定されるはずである。ましてや「空飛ぶクルマ」的な有人ドローンなどは,存在してはならない乗り物であることは明白だと筆者は考える。特に,これまで徹底的に安全設計を行ってきた自動車メーカーではない,新興勢力が新しい乗り物の開発を進めていることに,危機感を覚える。なぜ,国として許すのか,あるいは推すのか。危険物を街中,空中に撒き散らすのを容認する姿勢は,異常としか思えない。