2月14日はバレンタインデーである。キリスト教圏の国では休日であり,キリスト教にとっては大事な日である。日本ではチョコレート業界が販売不振を解決する手段としてキャンペーンを行い,1970年代後半から定着したとされている。
バブル景気に乗ってどんどん派手になったが,1990年代初頭のバブル崩壊後は,本命チョコだの義理チョコだの,嫌な表現が続いてきた。そのうち,相手に対するよりも頑張った自分に対するご褒美チョコにも展開した。
チョコレートを作るチョコラシエもどんどん有名になり,高級チョコ路線も展開した。筆者にはますます関係のない世界になっている。
2015年は,チョコレートの原料となるカカオ豆の不作で,チョコレートの価格が高騰しているという。高級チョコも丸々チョコレートではなく,ビスケットと組み合わせてチョコレートの使用量を減らして販売するという。
カカオ豆不作の1つの原因として地球温暖化の影響があるという。それ以前からも,チョコレートの生産についてはフェアトレードが必要だと言われていた。発展途上国で安い労働力でカカオが生産され,それを高く売って資金稼ぎをする悪習の対象だった。
一方で,フェアトレードではもともとのコストがかかるので,近年の運送費,エネルギーコスト,人件費,そして為替差損の影響で経営が成り立たなくなりつつある。
もうバブル的な「チョコレート狂騒曲」は中止にしてはどうだろうか。好景気時代,バブル時代には,女性にとって本命男をゲットすることに1つの価値があったが,この不景気な時代にまともな(将来性のある)パートナーを見つけるために「チョコ作戦」に傾くような雰囲気が有効とは思えない。
欧米のバレンタインデーは,家族や親友と祝う日だという。ささやかな思いを共有するツールとしてのプレゼントであってほしい。高級チョコや「自作でなければならないチョコ」などで踊らされない心構えが必要なのではないかと思うのである。(ひがみや老人の戯言も入っているが,せっかくのチョコ高騰の意味を考える機会として,まとめてみた)。