jeyseni's diary

「ジェイセニ」と呼んでください。批判ではなく提案をするのが生き甲斐です。

マルチタスクができなくなった人類--「はまる」「沼」状態となり,危険回避も創造的思考もできない

筆者は,このブログをノートPCで作成している。キーボードでのタッチタイピングで思考のとおりに文字が画面に反映されている。

 はてなブログWebブラウザーでサイトを開いて書きこんでいるのだが,使っているブラウザーはいわゆる「タブブラウザー」で,現在12のタブが見えている。複数のメール,複数のポータルサイト,カレンダーなどにいつでも切り替えられるようになっている。

 さらに,画面の右上にはNHK ONEのリアルタイムニュースをPIP(ピクチャー・イン・ピクチャー)で表示し,音声を流しながらブログのタイピングをしている。

 筆者がパソコンを愛用しているのは,こうした複数の作業を同時に実現できる「マルチタスク」が可能だからである。

 初期のパソコンは,マルチタスクができなかった。文章を作成するときはワープロソフト,計算するときは表計算ソフト,メールをやり取りするときはメールソフトと,切り替えて作業をしていた。その代わり,パソコンで自動処理をさせている間は,机上で別の仕事をしてマルチタスクしていた。そのためにオフィスの机が必要だったのだが,今は資料の閲覧も記録もすべてパソコン上でできる。コーヒーショップででも,自宅のリモート環境でも,ほとんど不自由しない。

 シャープペンシルやボールペンすら,ほとんど使わなくなった。書類をPDFに変換し,そこに注釈ツールでコメントを書き込んだり,赤線を引いたりできる。ありがたいことである。

 昨今のパソコンはマルチモニターも利用できる。筆者も自宅ではノートPCにサブモニターをつなぎ,BGV(バックグラウンドビデオ)やWebカメラ表示などをしたり,PDFとワープロ画面をそれぞれフル表示して仕事をしたりしている。XRメガネがこのマルチモニター表示に対応している点も,XRメガネに期待しているところである。

 これに対して,スマートフォンタブレットは,基本的に「シングルタスク」である。画面が狭いので,複数の情報を同時に表示できない。できても2分割までである。さらに,文字入力をしようとすると画面の半分がソフトキーボードになるし,キーを目で追いながらタッチして入力しなければならない。フリック入力など片手で高速入力できる方法が開発されているが,文字入力している間はそこに集中してしまい,ほかの情報が入ってこない。

 一方で,SNSなどで複数のチャンネルを登録している人の行動を見ていると,縦画面スクロールや画面を左右にフリップさせての切り替えなど,とにかく狭い画面を高速で切り替えながら情報収集しようとしている。同時マルチタスクではなく,シーケンシャル(パイプ)処理を高速にしているように見える。これでは旧式な「フォン・ノイマン型コンピュータ」に戻ってしまった感じである。

 しかも,そのシングルタスクに集中してしまうため,ほかのタスクができない。つまり周囲が見えない状態になる。SNSやゲームに集中してしまい,「はまる」「沼」という状態になるのではないだろうか。

 クルマの運転でもマルチタスクが求められる。自分のクルマの状態,対向車の状態,歩行者や自転車の状態,さらに自車の健康状態などを常に情報として収集し,判断して行動する必要がある。そこに音楽,トークをラジオで聞き流してリラックスすることで,長距離ドライブの安全性を確保してきた。ずっと緊張し続けていては,逆に注意力が持続できないからである。

 ところがこれにカーナビの情報が加わり,さらにスマホの持ち込みが進んだ。カーナビの地図を見つめていては運転ができないので,チラチラ見ながらの運転になる。必要な情報は音声で案内される。しかし,スマホは画面を操作しなければならないので,運転中の操作は基本的にマルチではできない。スマホを触ったり見たりしていては,周囲を見ることができず,事故につながる確率が高くなる,ということになる。

 生成AIの問題は,人間が創造的思考をしなくなる危険性をはらんでいることだと筆者は考える。現在の生成AIは,プロンプトという「指示書」を使ってイメージを文字化して入力することで生成AIが結果を出力する。そのイメージが異なれば,追加のプロンプトを入力する。この繰り返しになる。イラストや絵画を出力するのに,これまでは頭の中のイメージを手を通じて筆や鉛筆などで形にしていたが,これが一瞬で画面に表示される。手で描く場合は部分的な修正なども頭で描いたとおりにできるが,生成AIだとガラリと印象の異なる結果が表示されることもある。思考が断絶してしまう危険がある。

 筆者は,自分のイメージした結果を出したいので,他の人に仕事を依頼することが極めて少ない。プロを信頼したとしても,自分のイメージと合わないことも多いからである。そのために,Adobe系の高額なプロ用ソフトも自腹で導入して独学である程度まで使えるようにしている。生成AIが,世の中の著作権を無視して情報生成しているということを考えれば,まったく信頼できない。しかし,世の中の多くの人は生成AIと1対1で向き合ってずっと仕事をするという方向に向かってしまっている。マルチタスクではなく,「はまる」「沼」状態になっていると思うのである。

 こうしてこのブログを書いている最中に,米ディズニーがオープンAIに1550億円出資、人気キャラでSora動画の生成可能に - 産経ニュース 2025/12/12)というニュースが飛び込んできた。PIP表示しているNHK ONE画面のリアルタイムニュースで情報を知った。残念ながら,これはコンテンツビジネスの終焉だと筆者はコメントしたい。ミッキーマウススター・ウォーズのキャラクターを身売りして,金に替えるという愚策だと思う。そういえば,この前日に動画配信大手Netflixが、ワーナー・ブラザースを買収すると発表したニュースにも驚きを覚えた。パラマウントが対抗買収を提案したのは,映画メディア側の意地とも言うべきか。

 新聞,テレビ,雑誌などのオールドメディアが崩壊しつつあるのは,求心力がなくなったことで広告収入が得られなくなったからである。映画業界は,広告に頼らずコンテンツの集客力と派生商品への展開というビジネスモデルで活況を呈している。しかし,動画配信という広告収入モデルの中に組み込まれてしまえば,もはやコンテンツビジネスも派生商品ビジネスも成り立たなくなると考える。

 かつて,テレビが子供たちの学習を邪魔するとして糾弾された。テレビゲームや携帯ゲームも同様の糾弾を受けた。しかし,いずれもすでに社会的に承認され,その結果はやはり当時言われた「1億,総白痴化」を進めた。スマホタブレットの普及がそれを加速化し,生成AIが拍車を掛ける,という構図がさらに進んでいるように思える。筆者が頑なにゲームや生成AIに手を出さない理由は,単に「はまりたくない」自分を意識しているからかもしれない。オタクやお笑い芸人などに拒否感を覚えているのも,個人的なこういう意識からだと認識している。寛容によって多様化が進めば,それぞれが勝手な方向に進んでしまい,社会が滅びてしまうと思うのである。