以前,東京大学の医師コースである理科III類(理III)の受験が単なる腕試しになっていて実際に医者になるのは半分しかいない,ということに苦言を呈した(日本の医者は内科、皮膚科だけになるのではないか--外科、小児科、産科、感染症科の人材が足りない(私見です) - jeyseni's diary 2022/7/25)。
これに限らず,「社会人になる」ことに対する取り組み方が「ゲーム感覚」になっているのが,近年の傾向ではないかと思えたので,別途苦言を呈することにする。
そもそも「社会人になる」ことを意識していないのではないのかと思われるのである。理屈から言えば,「社会」は人々の“共同体”であり,それを維持するためにそれぞれの人が役割を持つことが社会人としての権利であり義務でもある。これが「仕事」である。つまり,仕事をするということは,人のためになることである。その人に役立った報酬として収入を得られるというのが基本だと考える。
生活に必要な衣食住に関するモノを作って売る,そのモノを運ぶ,不要になったモノを回収して処分するという一連の行為を仕事としている人は,人の役に立っていると言えるだろう。モノを作る仕事をするには,一般に企業という組織が必要になる。
たとえばクルマを作る会社で仕事をするということは,人の役に立って喜んでもらえるモノを作るという喜びを共有しているはずである。しかし会社の仕事というのは,多岐にわたる。クルマ作りをするのに,デザインを生み出すという創造的な仕事だけでなく,工場での力仕事のような現場の仕事から,その会社を支える経理などの仕事まで幅広い。しかし,組織の歯車として働くことが,社会人の1つのあり方である。
資格を持って1人で仕事をする場合も,相手,客,クライアント,患者に対して役に立つ仕事であると言える。医師,弁護士などもそうだし,教員も基本的には学校に属するわけではなく,個人企業である。
さて,高校レベルで専門コースを履修した人は,たとえばモノづくりや経理,水産,畜産,理学療法,看護・介護など,将来自分がしたい仕事をイメージして勉強する。大学では,学部によってほぼ仕事の内容が決まってくる。入試段階で,進路を決める。そこには自分の夢を託しているはずである。
高校生レベルで自分の将来を決めるのはなかなか難しいかもしれない。大学で学部を決めて入学しても,そこに適性があるかどうかわからない。とりあえず卒業して,さまざまな企業にアプローチし,目指す会社に就職したとしても自分のしたい仕事がそこに待っているとは限らない。自分が歯車の1つになっているという実感が得られないかもしれない。世間では評価されている会社に入社できても,2~3年,あるいは場合によっては数ヶ月で会社を辞めてしまうケースが増えているようである。
特に今年は,初任給が30万円超えの企業が話題になっている。しかし,この対応がプラスに働くとは限らないと考える。学歴も含めて入社しても,定着するとは限らないからである。
専門高校で決めた進路は,主に資格取得が主たる目的となる。しかし,一般論として,エッセンシャルワークに関する資格である。人の役に立つ責任のある仕事である。しかし,一般的に収入は限られてしまう。
大学で学部を選ぶ場合,就職して目指そうと考える会社は,かつては日本経済を支えるような大企業だった。しかし21世紀に入って,モノづくり企業は低迷している。家電メーカーも苦戦しているし,唯一日本経済を支えてきた自動車会社ですら,EV化の流れの中で翻弄され,人員削減や工場の閉鎖などを余儀なくされている。
初任給で選んだ会社が,自分に合っているとは限らない。しかし,自分が希望する会社に就職できるとは限らない。それでもかつては,その会社の一員として会社に貢献し,ひいては社会に貢献するという責任感があり,それが終身雇用という制度を支えていた。
現在,多くの会社が終身雇用の保証をなくしている。社員側も,流動的に会社を辞めたり他社に乗り換えたり,あるいは高校・大学時代と同じようにアルバイトで食いつないだり,派遣社員登録などの非正規雇用で,与えられた仕事をこなして報酬を得る,というだけの人生になっているのではないだろうか。
もちろん,中にはブラックな会社も多い。しかし,その会社が社会に貢献していると判断したら,責任を持って組織の歯車としての役割を果たすことも選択肢として考える必要があると思うのである。
その場限りで高い報酬が得られる仕事はいろいろある。場合によってはYoutuberもそうだし,極端なことを言えば犯罪行為もそれに当てはまる。しかし,今している仕事が,社会人として社会に貢献しているのかどうか,考える必要がある。芸を続けられる人は限られる。しかもそれが個人の収入にしかつながっていない可能性も高い。自分が「社会人」なのかどうか,もう一度見直してみることも必要かもしれない。一人勝ちは社会を壊しているように思うからである。