jeyseni's diary

「ジェイセニ」と呼んでください。批判ではなく提案をするのが生き甲斐です。

宇宙には夢を残してほしい--まず地球優先

地球は生命を育む奇跡の星である。最近,つくづくとそう感じる。

 その中で,現人類だけがその奇跡を受け入れることでは満足せず,自分がまるで神になったかのように,あらゆる事象を支配しようとしている。

 山火事の残り火から火を使えるようになった人類が,それまでの数億年の間に地球で生きていた植物の遺産である石炭や石油をわずか100年の間に燃やし尽くし,二酸化炭素の大量大気放出による地球温暖化を引き起こした。一方で,プラスチックを筆頭とする多くの化学物質を合成して作り上げ,50年経っても分解しない物質や,人類を含む生命体に蓄積されて健康被害を及ぼすような物質を,空中や水中,そして土中にまで撒き散らした。あらゆる生命体の身体にこうした化学物質が取り込まれている。

 核分裂によってエネルギーを生み出す技術は,人類に永遠の電力をもたらすものと期待されたが,一方で核兵器となり,もう一方で原子力発電所廃炉に伴う核廃棄物という厄介な物質を生み出した。冷却水から取り除けない3重水素トリチウムは,薄めて海に放出するしかない。太陽と同じ原理の核融合が主力となるのにあと10年はかかるだろう。

 そんな最中に,世界の大国が目指しているのが「宇宙」である。目指しているというより,「地球を見捨てている」と言った方が適切かもしれない。地球を救うことはもはや無理なので,月や火星への移住まで視野に入れているようである。

 筆者はこの理由がまったく理解できない。望遠鏡で見ても,無人着陸船の映像で見ても,そこにあるのは土と石だけである。生命の息吹が何もない。「地下には水があるから,生物は生きられる」といくら言われても,まったく魅力を感じない。貴重な鉱物資源があるのかもしれないが,それを使えるようになるのに何年かかるのだろうか。

 水もなければ酸素もない。生命を進化させた重力も少ない。月でも昼は灼熱,夜は極寒。火星に至っては1日中極寒である。

 一方で,地球の周りに打ち上がっている人工衛星は数万個もある。かつては,静止軌道上に3個の人工衛星があれば無線通信ができるはずだった。しかし現在ではわずか地上1000kmの高さに数千機もの人工衛星を飛ばして地球全体をカバーするStarLink衛星まで打ち上げられている。低軌道なので大気との摩擦も大きく,失速して墜落する人工衛星も多い。それをカバーするためにまたロケットを打ち上げる。力尽きた人工衛星は,大気圏に突入して燃え尽きる。と思われたが,実際はアルミなどの金属粉を大量に大気中に散布することになる。これがオゾン層を破壊し,さらに地球環境の悪化を招きつつある。

 天気予報,通信,地質調査など,人類の生活に欠かせなくなった人工衛星だが,GPSGISももともとは軍事技術である。いまや,軌道上で他国の人工衛星を破壊する技術も登場してきている。

 人類が宇宙空間に長期滞在できる宇宙ステーションも,無重力,低重力の中でさまざまな実験をするため,と言われているが,生命,材料,医薬など,いずれも画期的な成果は出していない。むしろ,長期滞在における人間の生理現象のデータ取りが主たる目的であり,これは月や火星などへの長い旅や,月面,火星における移住への適用を確認しているとしか見えなくなっている。

 軌道上に打ち上げた大型望遠鏡で宇宙の果てを見るという試みは,地球の大気による画像の揺れがなく,鮮明な画像が写せるという意味では画期的だった。しかし,それが宇宙の果てを知ることは宇宙の起源を知ることに大いに役立っているとしても,その一瞬の出来事を知ることが,今の地球の環境や生命の危機を救うのに残念ながら何の役にも立たない。

 同様に,小惑星の岩石を持ち帰ったり,月の裏の土を持ち帰ったりすることが,科学者のお遊びにしか見えないのである。そこに膨大な知識と材料とエネルギーと時間を割くことが,今必要なのだろうか。

 天文学の知識とコンピュータの計算により,日食や月食,はたまた惑星直列などの壮大なショーの日程を知ることで,宇宙の不思議に思いを馳せるのは楽しいことである。星の一生や,見えない惑星,強力な電波を発する星,そしてブラックホールなど,人間が知りたいと思うことが宇宙にはまだまだ多くある。それを知ろうとする夢は残してほしいが,足元の地球に対してどういう行動をすればいいかを考えることを優先すべきではないのか。気が付いたら食べるものも無くなり,きれいな空気も水も無くなり,そして素晴らしい自然や生きものまでいなくなってしまう世界が間近に迫っているように思うのである。