jeyseni's diary

「ジェイセニ」と呼んでください。批判ではなく提案をするのが生き甲斐です。

1970年万博と2025年万博を比較--「世界」に対する立ち位置の違い

結局は巨大な“ゲームセンター”となる関西万博--バーチャルもリアルも体験して楽しむだけ - jeyseni's diary (2025/4/9)と書いたのだが,考えてみれば現在は,1970年万博当時と比べて,世界のさまざまな文化に触れる機会が圧倒的に増えており,長く生きた筆者のような者にとっては「食傷気味」な内容に見えるのかもしれない。

 1970年万博当時,パソコンもなければ携帯電話もない。ゲームセンターもない。あるのはカラーテレビだけである。その代わり,開催前年の1969年7月20日アメリカのアポロ11号ミッションによる人類初の月着陸で採取された「月の石」の展示という劇的なイベントがあった。大阪の一角にアメリカ,ソ連をはじめ世界77カ国が参加するイベントは,まだ海外旅行がそれほど一般的ではない当時にとっては世界各国の文化に触れるまたとない機会だった。

 その後,1983年に東京ディズニーランドが開園,2001年にユニバーサル・スタジオ・ジャパンがオープンした。アメリカ文化に身近に触れられる場が日本にも常設されるようになった。

 筆者は,1987年からのアメリカ留学中に,フロリダのディズニーワールドを訪れた。ロサンゼルスのディズニーランドや東京ディズニーランドにないエリアである「エプコットセンター」に行くことが主な目的だった。ここは科学技術が開く未来を展示しており,3D映像も体験できたが,何より感動したのは「The Living Sea」という巨大水槽を使った水族館であった。もちろん未来には人類も海底に進出し,ロボットが活躍する場面も展示されていたが,そこに悠々と泳ぐサメやウミガメなどの大型生物を見て,人間の小ささを思い知らされたものである。その後,日本にも1990年開園の海遊館など,巨大水槽の水族館が続々と作られた。

 こうした高度経済成長期の体験からすると,2025年万博が発するメッセージが弱いと思える。未来像との間の距離が近すぎるのである。今,本当に目指す未来が,月や火星への移住なのか,と言われれば,筆者はNoと言うだろうし,iPS細胞による臓器移植や長寿命化がすごいのか,とも言えない。エンタテインメントがさらに進化したとしても,そこで生まれる経済を支えるための生き方は格差による搾取でしかありえない。これでは持続可能性をうたう万博とも反する。再生可能性を目指しても,それは大屋根リングの中だけなら実現できても,地球全体では自然を搾取する以外に今のところ実現しない。

 会場に行けば,新しい発見はあるだろう。知らなかった国の文化に触れることもできるだろう。イベントもおもしろいだろう。でもそれが未来につながるのだろうか。

 結局,ウクライナ紛争も,ガザ紛争も会期前に解決を見なかったばかりか,今度はカシミール紛争も再燃してしまった。5/8は北朝鮮によるミサイル発射実験も2ヶ月ぶりに実施されてしまった。「世界は1つ」というメッセージのはずの万博が日本で行われているにも関わらず,そのメッセージは届いていない。