子供のころからいろいろな製品を分解して中身を見ることが好きだった。単純にネジを外して蓋を開け,中の構造を見たり,電池を交換したり,という程度で,構造をバラすところまでは怖くてできなかった。動かなくなったら厄介だと思ったからだろう。
バラしているときに厄介なのが,ネジとセットになっているワッシャーという部品である。ドーナツ型に穴の開いた板で,ボルトやナットをネジ込む際に本体に食い込むのを防いだり,緩み止めの目的で入っているのだが,このワッシャーがどこに入れればいいのか迷うことが多い。
ほかにも,1段目のネジを外して蓋を開けられたと思ったら,次の段階でまた別のネジに出会ったりする。そしてそのネジを外していくと,同じ面を留めているネジなのに,長さや太さが違うことがある。元に戻すときに,どの穴にどのネジを入れるのかは,記憶に頼ってほぼ間違いなく戻せてきたが,なんとなく締め付けがきつくなったり緩かったりして,不安になることも多かった。
あまりにもネジの数が多い場合,メモを取ったり,紙の上に並べてテープで留めて分かりやすくしようとするのだが,実際に元に戻そうとしてもあまり参考にならないこともたびたびあった。
何かを解決したい場合,インターネットで検索をかけると,かなりの高い確率で解決法を見つけられるようになった。製品の電子マニュアルを見つけられる場合もあれば,パソコンに詳しい人の解決法が紹介されていることもある。適切なフリーソフトの紹介があると,たいていその解決法に筆者は飛びついてしまう。
昨今は,パソコンもどんどん複雑になり,あまりユニークなフリーウエアと出会うことは少なくなった。その代わり,Pythonなどのプログラムが掲載されていることも多く,残念ながら筆者の手に負えなくなりつつある。
一方で,モノ系の解決法がYoutubeで動画で紹介されることが多くなった。投稿者の顔出しによる自己アピールが結構延々と続いた後に,実際の分解のコツが紹介されるような構成になっている。要はイントロが長いのでそれを飛ばしてしまう筆者の悪いクセが出て申し訳なく思うのだが,実際のプロセスはただダラダラと映像が流れるのではなく,音声や文字で解説が入ったり,全体から部分にズームアップしたり,その場所を映像上で印を付けてくれたりと,実に分かりやすく編集されているものが多い。
10分の映像のうち最初の3分がイントロだとしても,おそらく編集には数時間かけて工夫していると思われる。それが1本や2本ではなく,きちんと作られていることに驚いてしまう。筆者も一時期,動画編集の仕事をしたことはあるが,短気な筆者にとってはとても耐えられない仕事だった。BGMに合わせて秒単位でカット入れをするなど,おそらく当時のソフトと比べればはるかに進化して簡単操作できるソフトが出ていると思うのだが,動画編集というトラウマはなかなか消えることがない。ページめくり動画--PowerPointがいちばん簡単 - jeyseni's diary (2021/8/4)なども,いわばPowerPointの発展形だが,パワポでのプレゼンそのものがもはやあまり見られなくなっているような気もする(パワポ・プレゼンはもう古い? 今や動画編集が必須なのか - jeyseni's diary (2023/4/21)。
筆者も,かつてはソフトの使い方を後輩に継承する方法の1つとして,操作をビデオ撮影する実験をしたことがある。当時はデジタルビデオカメラやデジカメどころか,いまやどこにもない8ミリビデオテープを使ったビデオカメラである。操作しているキーボードと画面が両方入る位置に三脚でビデオカメラを固定し,操作手順を口頭で解説しながら録画した。しかし,その映像はファイル化はされたものの,あまりにも巨大なファイルサイズとなり,使われることはなかった。当時のメディアの容量が今と比べれば100万分の1ぐらいだし,圧縮されたフォーマットもまだなかった時代だった。
スマートフォンの登場で,高画素の写真が手軽に撮れるようになったと思っていたが,若い世代の人たちは動画を撮ることが多いことを娘の使い方から知った。メモリーの容量があっという間になくなってしまうというのである。結局,最初は最低容量のモデルを与えたが,おそらく現在は最大容量モデルを使っていると思われる。筆者は,動画はほとんど撮影しないが,SDメモリーに格納できるようにしている。それで満杯になったことは一度もない。
ところが今の世代は,動画をみんなで共有するのが当たり前になった。LINEで動画アルバムを作ってグループでシェアするなど,何の疑問もなく行っている。クラウドに膨大なメモリー空間が得られたことと,かつての数万倍という高速な通信環境が得られた結果だと思われる。それが当たり前のように思って使っているところが,何とも世代ギャップを感じるところである。
Youtuberと呼ばれる人たちが平気で顔出しして動画をアップしていることにも抵抗がある。モノを教わるのに年齢の上下はないのだが,あまりにもラフな格好でラフに語られるとやや抵抗も感じる。同年代の人たちには抵抗なく受け入れられているのだろう。この辺りもオールドメディアとの圧倒的なメリットなのだと思う。
ということで,Youtuberばりとは行かないまでも,分解くん作業を映像で記録を撮りながら進めるように心がけている。画像を確認しながらの撮影には,かつてのビデオカメラやデジカメよりも,やはり画面の大きなスマホが便利だと思う。タブレットだと細かいところに手を入れて,という場合に自由が効かない気がする。ただ,ビデオカメラだとスイッチを入れればすぐに撮影スタンバイ状態になり,あとは録画ボタンを押すだけ,という簡単操作なのだが,スマホだといったん画面が消えるとまた映像アプリを立ち上げるなどの操作が必要になることがある。まあ,撮影に何時間もかかるわけではないので,常に画面オンの状態で使えるようにすればいいのだが,節約癖のある筆者としてはすぐに電源をオフにしてしまうので,結局は動画撮影には向かないのかもしれない。当然のことながら,自分で確認するだけなので,編集するわけでもないが,繰り返し視るのにもスマホはモニターとしても便利だと感じる。
動画が手軽に使える時代になったのだと,改めて感じたこのごろである(こんな結論でスミマセン)。