jeyseni's diary

「ジェイセニ」と呼んでください。批判ではなく提案をするのが生き甲斐です。

映像は「ながら見」主義--映画もゲームも時間の無駄と考える理由

筆者の人生も残りを数えられるようになってきた。2019年に始めたはてなブログで,5年間の投稿数が今日時点で2700を超え,アクセス数も数日前に10万回を超えた。1日2件弱の投稿ということになる。総括するにはまだ早いかもしれないが,改めて「自分の主義」というものをまとめてみようと思い,4件続けて書くことにした。年寄の与太話ではあるが,まとめて読んでいただけると幸いである。

 基本的に筆者は,エンタテインメントは身体を動かすスポーツか,リアル/バーチャルのショッピング,自己流のワンパターンだが料理,そしてタイピングをするこのブログ執筆に限られているようである。したがって,わざわざ出かけて映画を見ることもまずなく,集中が必要なゲームをすることもない。

 パソコンに向かっているときも,頭を働かせながら手順を進めているが,業務であっても100%集中していることはない。コンピュータに仕事をしてもらうための手順を打ち込んで指示しているだけかもしれない。ファイルメーカーで何かを処理する仕組みを作る場合も,手順を試しては結果を判断し,あとはパソコンに任せて処理をしてもらう。単なる数字の打ち込みや文字の打ち込みといった単純作業ではない。

 スポーツやショッピング,料理などは集中して楽しむ。時間いっぱい動き回るし,料理はなるべく早く済ますように手順を考える。時間を自分でコントロールできるから,最近はやりのいわゆる「タイパ(タイム・パフォーマンス)」を上げるために知恵を使う。巡回サラリーマン問題を解いているようなものである。

 映画やゲームをしない理由としては,それらに時間をコントロールされてしまうからだろう。映画なら2時間じっとしていなければならないし,ゲームは終わりが見えない。

 同じ映像系でも,ドラマなら,食事中やパソコン作業中に録画を「ながら見」していて途中が多少跳んだとしても大して気にならない。結果がだいたい予想されるからだし,必要があれば少し巻き戻せばいい,と考えてしまう。

 書籍であれば,電車に乗っている間に少しずつ読み進めることができる。文単位で意味が完結するからである。映像だと少しずつ見るというわけにはいかない。そういう意味では,コミック本なら主義に合いそうなものだが,これも結局最後まで一気に読まないと気持ち悪い。正直,マンガの1コマを描くのに複数の人が時間をかけて丁寧に作っているというのに,それを一瞬で読み飛ばすなど,実に失礼なことだと思っている。ただ,音の効果や動きの効果を紙の上で表現するという涙ぐましい工夫の跡を見るのもしんどいので,一部の作品はテレビアニメとしては視聴するようにしている。これも30分で1話が終わるので,潔いからである。

 映像を見るのは,食事をしながらか,パソコン操作をしながら,という「ながら見」主義である。つまりBGV(バックグラウンド・ビデオ)である。映像の力は認めるが,そこに自分の多くの時間をかけようとは思わない。しかし,歩きスマホは主客交代してしまい,歩くという行為がおろそかになって,周囲に迷惑をかけたり,自分が事故に遭ったりする。絶対にしてはならない行為である。